相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

■フロント

瀬奈は客室を出て、廊下を歩きフロントへ戻ってきた。

さっきまでの後輩の顔ではなく、旅館スタッフの顔に戻る。

帳簿を整え、受付の位置に立つ。

だが――

頭の中では、さっきの光景がぐるぐる回っていた。

(……いや)

(絶対付き合ってるじゃん)

露天風呂。

同室。

夜。

そして。

あの自然すぎる会話。

瀬奈は小さくため息をついた。

(先輩、絶対認めないだろうけど)

(あれもう恋人でしょ……)

そう思いながらも、仕事に戻る。

次のお客様が来ていた。

瀬奈は笑顔を作る。

「いらっしゃいませ」

だが心の中ではまだ、

(あの二人、夜絶対一緒に露天入るよね……)

と、考えてしまっていた。



■客室

一方その頃。

和春と愛華は旅館の浴衣に着替えていた。

畳の上に浴衣が置かれている。

和春は着替え終わり、先に立っていた。

そして――

愛華の方を見ている。

じっと。

愛華は帯を結びながら言う。

「……見ないでください」

「何が」

「着替えです」

「もう見てる」

「見ないでください」

和春は少し首を傾ける。

「気にするな。夜はいつも見てる」

愛華の手が一瞬止まる。

「……それとこれとは違います」

「何が違う」

「違います」

愛華は背中を向けて帯を整える。

しかし。

視線は感じる。

ずっと。

「……和春」

「ん」

「見ないでください」

「努力する」

「努力じゃなくてやめてください」

和春は笑っている。

今日は完全にオフモードだった。

仕事の時の理性が少し緩んでいる。

遠慮がない。

距離も近い。

そして――

愛華も気づいていた。

(……この人)

(今日はいつもより距離が近い)

だが。

愛華自身も。

それを拒もうとはしていなかった。

浴衣の帯を整え終えると、和春が言う。

「行くか」

「どこへですか」

「天空風呂」

愛華は少しだけ息を吐く。

「……そうでしたね」

そして二人は部屋を出る。

風が少し冷たい。

山の空気が静かだった。

温泉へ向かう廊下を、二人並んで歩いていく。


■天空風呂

夕方。

天空風呂から見える山の景色は、昼とはまた違っていた。

山の向こうに沈み始める太陽。
空がゆっくりと橙色に染まり、風が少し涼しい。

高い場所にある露天風呂は、まるで空に浮いているようだった。

ただ――

大浴場なので、当然ながら男女別だ。



■湯上がり

愛華が暖簾をくぐり外に出ると、和春はすでに上がっていた。

木のベンチに座り、ぼんやりと山を眺めている。

浴衣姿のまま、腕を組んで。

愛華は少し驚く。

「先に上がってたんですか」

和春はちらっと見る。

「さっき」

愛華は隣に座る。

まだ髪が少し濡れている。

温泉の湯気と夕方の空気が混ざり、どこか静かな時間だった。

愛華が言う。

「景色、良かったですね」

和春は少しだけ考えてから答える。

「景色はよかった」

少し間。

そして続ける。

「ただサウナがぬるい」

愛華は思わず笑った。

「そこですか」

和春は本気だった。

「温度足りない」

和春は実はサウナが好きだ。

熱いサウナに入り、汗をかいて、
そのあと外気に当たりながら景色を眺める。

その時間が結構好きだった。

だから多分――

この天空風呂でもそれをやりたかったのだろう。

だが。

「ぬるかった」

「残念でしたね」

愛華はくすっと笑う。

和春は山の景色をもう一度見た。

夕陽が山の奥に沈んでいく。

風が少しだけ吹く。

和春が言う。

「夜、部屋の風呂入るか」

愛華は少しだけ考える。

「……そうですね」

そして付け加える。

「もちろんお酒はなしです」

和春は小さくため息をついた。