相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

■温泉旅館 フロント

ロビーで騒ぎかけた瀬奈の後ろから、落ち着いた女性の声が飛んだ。

「瀬奈」

その一言で、瀬奈の背筋がピンと伸びる。

振り返ると、奥の廊下から一人の女性が歩いてきていた。

落ち着いた着物姿。
柔らかいが、芯のある視線。

この旅館の女将だった。

「お客様の前ですよ」

静かな声だったが、瀬奈の肩がびくっと震える。

「す、すみません!」

慌てて頭を下げる。

女将は和春と愛華へ丁寧に頭を下げた。

「騒がしくしてしまい申し訳ありません」

愛華もすぐに軽く頭を下げる。

「いえ、お気になさらず」

女将は瀬奈を見る。

「あなたが案内しなさい」

「はい!」

瀬奈はすぐに姿勢を正した。

「こちらのお部屋にご案内します!」

さっきまでの後輩モードとは違う、
完全に旅館スタッフの顔になっている。

和春が鍵を受け取り、三人はロビーを後にする。



■廊下

木の香りがする長い廊下。

瀬奈が先導しながら、小声で言う。

「……すみません」

愛華が少し首を傾げる。

「何がですか」

「さっきの……」

瀬奈は苦笑いする。

「実家だと、つい気が抜けちゃって」

「気にしていません」

和春は静かに周囲を見ながら歩いている。

瀬奈はちらっと二人を見る。

(それにしても……)

やっぱり違和感がある。

温泉旅行。

同じ部屋。

なのに。

二人はまるで――

もう何度もこういう時間を過ごしているような自然さだった。

瀬奈は思う。

(絶対付き合ってるよね……)

だが。

当の二人は、
そんなことをまったく気にしていない顔で歩いていた。


■客室

瀬奈が襖を開ける。

「こちらのお部屋になります」

畳の香りがふわりと広がった。
広い和室、奥には縁側。大きな窓の向こうには山の景色が広がっている。

そして――

縁側の先には、木で囲われた露天風呂があった。

湯気が静かに立ち上っている。

瀬奈は少し誇らしそうに説明する。

「このお部屋、露天風呂付きなんです。天空風呂とはまた違う景色が楽しめて人気なんですよ。カップルとか、ご家族とか、友人同士でも一緒に入れます」

和春は縁側に出て、露天風呂の方を見る。

山の空気。
静かな風。

「……景色いいな」

そのまま振り返り、自然に言った。

「夜、酒用意して入るか」

あまりにも自然だった。

愛華はすぐに答える。

「お酒を飲みながらの入浴は禁止です」

「ちょっとくらいいいだろ」

「ダメです」

即答だった。

「危険です」

「一杯くらい」

「ダメです」

「……」

完全に叱られている。

瀬奈は二人を見ていた。

そして――

(え……)

頭の中だけで思考がぐるぐる回る。

露天風呂。

夜。

二人。

そして和春の「入るか」。

(え、今のって……)

(……二人で?)

一緒に?

別々?

いやでも。

さっきの会話の流れは――

完全に。

二人で入る流れだった。

(え?)

(え??)

瀬奈は必死に表情を保っている。

旅館スタッフの顔を崩さないように。

でも頭の中では。

(入るの??)

(入らないの??)

(そこ大事じゃない??)

和春がまだ交渉している。

「一杯くらい」

「ダメです」

「温泉だぞ」

「関係ありません」

「風情が」

「事故になります」

瀬奈は思う。

(そこじゃない)

(お酒の問題じゃない)

(入るの!?)

(入らないの!?)

だが。

二人はその話題を

まったく気にしていない顔で続けていた。