相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

■温泉旅館

翌朝。

新幹線の窓の外には、ゆっくりと山の景色が流れていた。
都会の建物は消え、代わりに広がる緑と川。

「……珍しいですね」

愛華が窓を見ながら言う。

「何が」

「和春が仕事の資料を見ていない」

和春は座席にもたれたまま答える。

「今日は休みだろ」

「昨日までのあなたなら、移動時間も使ってます」

「愛華が止めた」

「止めました」

淡々と返す。

旅行は、愛華が作った“強制停止”なのだから。



■温泉旅館 到着

昼前。

山の中に建つ大きな温泉旅館。

木造の門をくぐると、温泉の香りと静かな空気が広がる。

「いいところですね」

愛華が小さく呟く。

「一等だからな」

「福引きでここを当てる人、普通いません」

「確率の問題」

「違います。運です」



■フロント

和春がチェックイン用紙を書いている。

フロントの奥でスタッフが動き、鍵を用意する。

その時――

奥の廊下から出てきた人影に、和春の視線が止まった。

(……あれ)

見覚えがある。

向こうも止まる。

そして目が丸くなった。

「え?」

数秒の沈黙のあと――

「和春さん!?」

声を上げたのは、

相沢瀬奈だった。

愛華も振り向く。

「瀬奈?」

瀬奈は慌てて近づく。

「え!?なんでここに!?」

「旅行です」

愛華が普通に答える。

「いやいやいや、ここ私の実家なんですけど!?」

「……そうなんですか」

愛華が少し驚く。

瀬奈は制服姿だった。
旅館の仲居服。

「大学の連休なんで、手伝いに戻ってるんです」

フロントのスタッフが笑う。

和春は少し頷く。

「なるほど」

瀬奈は和春と愛華を交互に見る。

「え、でも……」

顔がニヤけ始める。

「二人で温泉‥」

愛華がすぐ言う。

「福引きです」

「それで普通来ます?」

「来ます」

即答。

瀬奈は笑いを堪えながら言う。

「先輩……」

「何です」

「完全に新婚旅行の空気です」


瀬奈の一言に、愛華の眉がぴくりと動いた。

「違います」

愛華は即答する。

瀬奈は笑いを堪えながら首を傾げた。

「でも、二人で温泉ですよ?」

愛華は少しだけ言葉を詰まらせる。

その理由は簡単だった。

今回の旅行は――

ペアチケットだった。

つまり。

一部屋。

それだけ。

瀬奈がそれに気づく。

「……あれ?」

フロントの宿帳をちらっと見る。

「神代様、二名様」

「……」

瀬奈の顔がゆっくり変わっていく。

「部屋、ひとつですよね?」

フロントの人が普通に答える。

「はい、ペアプランですので」

沈黙。

瀬奈はゆっくり愛華を見る。

「先輩」

「……」

「同じ部屋ですよね?」

愛華は数秒黙る。

「そうですね」

瀬奈が口を押さえる。

「え、ちょっと待ってください」

和春は気にしていない様子で鍵を受け取る。

「問題あるか?」

瀬奈は思わず叫びそうになる。

「ありますよ!!」

ロビーに声が響き、慌てて小声になる。

「いやいやいやいや……」

瀬奈は顔を寄せて囁く。

「相方とはいえ、男性と女性ですよ?」

「はい」

「同じ部屋で寝るんですか?」

「そうなりますね」

淡々と答える愛華。

瀬奈は完全に混乱した。

「普通来ませんよ!!」

「福引きです」

また同じ返答。

和春が横から言う。

「来ない理由が分からない」

瀬奈は頭を抱えた。

(この二人やっぱりおかしい……)

少なくとも瀬奈の感覚では、

仕事の相方でも
男女二人で
温泉旅行
しかも同室

普通は――

絶対来ない。

だが目の前の二人は、
その“普通”を一切気にしていない。

むしろ自然だった。

瀬奈は二人を見比べる。

距離。

空気。

目線。

そして思う。

(いや……)

(この二人)

(もう普通の相方じゃないよね……)