相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる


木曜の午後
リビングには静かなキーボードの音だけが響いていた。

本来、今日までびっしり入っていたはずの予定表は――
綺麗に空白になっている。

愛華はその画面を見つめ、ゆっくり瞬きをした。

「……終わってますね」

ソファの向こう側。
和春は資料を閉じた。

「終わったな」

「三日分です」

「効率が良かった」

「良すぎます」

依頼者からのメール通知が並ぶ。
•納得しました、ありがとうございました
•想定以上の内容でした
•社内で即採用します

満足度は異常に高い。
しかもまだ余裕そうな顔をしている。

「もう少し受けても余裕だったな」

愛華はゆっくり顔を上げた。

「受けません」

「旅行あるからな」

「違います。あなたが壊れるからです」

和春は首を傾げる。

「壊れない」

「睡眠二時間を切ってます」

「問題ない」

「あります」

きっぱり言い切る。

「私には六時間確保させるくせに、自分は二時間未満。合理性がありません」

「必要なところに配分してるだけだ」

「人体は資源配分で動いていません」



■ズレた休憩

和春は立ち上がり、水を飲む。

「今日は休憩だな」

「そうですね」

愛華は頷いたあと、少しだけ視線を逸らす。

「……休憩の定義を確認してもいいですか」

「?」

「睡眠は削るのに、夜の時間は削らない理由です」

一瞬、沈黙。

和春は普通に答える。

「必要だからだろ」

「何にです」

「リセット」

愛華のこめかみがぴくりと動く。

「一般的にそれは休息と呼びません」

「効率は上がる」

「あなた基準です」



■呆れ

愛華はため息をついた。

「体力回復のための休息を削り、精神安定の行動は維持する。
 完全に優先順位が逆です」

「逆じゃない」

「……どこがです」

和春は少しだけ考え、

「集中が戻る」

愛華は額を押さえた。

「あなたは本当に――」

言葉を止める。

「旅行に行きます」

「行くなとは言ってない」

「行かせます」

「……同じだろ」

「違います。
 “行く”と“行かせる”では意味が違います」


静かな声だった。



和春はソファにもたれ、腕を伸ばす。
その手が自然に愛華の手首を取った。

軽く引かれる。

「……和春」

「休憩中だろ」

距離が近い。
仕事の話をしていたはずなのに、空気が変わる。

「まだ仕事の確認が――」

「終わってる」

あっさり遮られる。

逃げようとすると、指先をなぞられる。
離す気がない動き。

愛華はため息をついた。

「だから睡眠を優先してください」

「今はこれが優先」

「……ほんとに」

わずかに頬が熱くなる。

「えっちですね」

和春は表情を変えない。

「そうか?」

「自覚がないのが一番悪いです」

手は離されない。

「明日から旅行ですよ」

「だからだろ」

静かな声だった。

愛華は視線を逸らす。
けれど手は振りほどかない。

呆れているのに、拒まない距離。

仕事は終わっているのに、
休憩の仕方だけは相変わらずだった。