浴室から、静かな水音が続いていた。
和春はシャワーを流しながら、無言で身体を洗っている。
さっきの愛華の様子――怒っているようで、怒っていないような、あの微妙な空気を思い出していた。
……だが、結局なにも言わなかった。
言う必要もないと思っている。
あれは、愛華なりの距離の取り方だからだ。
その時。
カチャ、と浴室の扉が開いた。
振り向いた和春の視界に入ったのは――
バスタオルを身体に巻いた愛華だった。
湯気の中でも少しだけ頬が赤いのがわかる。
和春は特に驚いた顔をしない。
「どうした」
愛華は少し視線を逸らす。
「……さっきは、少し言い過ぎました」
小さな声だった。
「別に気にしてねぇよ」
即答。
それが分かっていたからこそ、愛華は一歩入ってくる。
「でも、私が気にします」
浴室の椅子を引き、石鹸を手に取る。
「背中、洗います」
和春は何も言わず、前を向いて座る。
スポンジが背中に触れる。
泡の感触と、指先のわずかな圧。
静かだった。
「……あの方に嫉妬したわけではありません」
小さく続く声。
「ただ、和春が無関心すぎるのも……それはそれで」
言葉が途切れる。
和春は何も返さない。
否定も、肯定もしない。
だが止めもしなかった。
「……もういいです」
背中を流しながら、愛華が小さく息を吐く。
「お風呂、入りますか」
和春が立ち上がる。
湯船の湯が揺れる。
愛華もタオルを外し、静かに入る。
湯船は思っていたよりも小さかった。
二人で入れば、距離を取る余地などない。
愛華は一瞬だけ迷ったが――
静かに身体を滑り込ませると、そのまま和春の前へ座り込んだ。
自然と、和春の広げた足の間に収まる形になる。
背中に触れる体温。
湯よりもはっきりと分かる熱。
愛華はわずかに息を止めたが、離れなかった。
ゆっくりと体重を預ける。
和春の胸に背中が触れる。
肩越しに感じる呼吸のリズム。
逃げる理由も、離れる理由も――もう見つからなかった。
「……狭いですね」
小さく言う。
「そうだな」
それだけの返事。
けれど和春は身体を引かない。
むしろ、湯が揺れないように軽く腕を外側へ置き、支える形になっていた。
愛華の指先が湯面をなぞる。
波紋が広がり、すぐ消える。
「……落ち着きます」
ぽつりと零れる。
和春は少しだけ視線を下げた。
濡れた髪の香りが近い。
「ならいい」
短い言葉。
愛華は小さく笑った。
胸に預けた背中が、ほんの少しだけ力を抜く。
力を抜いた分だけ、距離が近づく。
沈黙が続く。
けれど気まずさはない。
湯気の中、触れているのに――
どこか静かな安心だけがあった。
愛華は目を閉じる。
「……このまま、少しだけ」
「好きにしろ」
それ以上は何も言わない。
しばらく沈黙。
「和春‥‥怒ってないなら、よかったです」
「怒る理由がねぇ」
それだけ。
愛華は少しだけ笑った。
「……そういうところです」
和春は意味を聞かない。
湯気の中、ただ同じ温度を共有する。
それだけで十分だった。
愛華は小さく肩を寄せる。
和春は何も言わない。
そのまま、離さなかった。
和春はシャワーを流しながら、無言で身体を洗っている。
さっきの愛華の様子――怒っているようで、怒っていないような、あの微妙な空気を思い出していた。
……だが、結局なにも言わなかった。
言う必要もないと思っている。
あれは、愛華なりの距離の取り方だからだ。
その時。
カチャ、と浴室の扉が開いた。
振り向いた和春の視界に入ったのは――
バスタオルを身体に巻いた愛華だった。
湯気の中でも少しだけ頬が赤いのがわかる。
和春は特に驚いた顔をしない。
「どうした」
愛華は少し視線を逸らす。
「……さっきは、少し言い過ぎました」
小さな声だった。
「別に気にしてねぇよ」
即答。
それが分かっていたからこそ、愛華は一歩入ってくる。
「でも、私が気にします」
浴室の椅子を引き、石鹸を手に取る。
「背中、洗います」
和春は何も言わず、前を向いて座る。
スポンジが背中に触れる。
泡の感触と、指先のわずかな圧。
静かだった。
「……あの方に嫉妬したわけではありません」
小さく続く声。
「ただ、和春が無関心すぎるのも……それはそれで」
言葉が途切れる。
和春は何も返さない。
否定も、肯定もしない。
だが止めもしなかった。
「……もういいです」
背中を流しながら、愛華が小さく息を吐く。
「お風呂、入りますか」
和春が立ち上がる。
湯船の湯が揺れる。
愛華もタオルを外し、静かに入る。
湯船は思っていたよりも小さかった。
二人で入れば、距離を取る余地などない。
愛華は一瞬だけ迷ったが――
静かに身体を滑り込ませると、そのまま和春の前へ座り込んだ。
自然と、和春の広げた足の間に収まる形になる。
背中に触れる体温。
湯よりもはっきりと分かる熱。
愛華はわずかに息を止めたが、離れなかった。
ゆっくりと体重を預ける。
和春の胸に背中が触れる。
肩越しに感じる呼吸のリズム。
逃げる理由も、離れる理由も――もう見つからなかった。
「……狭いですね」
小さく言う。
「そうだな」
それだけの返事。
けれど和春は身体を引かない。
むしろ、湯が揺れないように軽く腕を外側へ置き、支える形になっていた。
愛華の指先が湯面をなぞる。
波紋が広がり、すぐ消える。
「……落ち着きます」
ぽつりと零れる。
和春は少しだけ視線を下げた。
濡れた髪の香りが近い。
「ならいい」
短い言葉。
愛華は小さく笑った。
胸に預けた背中が、ほんの少しだけ力を抜く。
力を抜いた分だけ、距離が近づく。
沈黙が続く。
けれど気まずさはない。
湯気の中、触れているのに――
どこか静かな安心だけがあった。
愛華は目を閉じる。
「……このまま、少しだけ」
「好きにしろ」
それ以上は何も言わない。
しばらく沈黙。
「和春‥‥怒ってないなら、よかったです」
「怒る理由がねぇ」
それだけ。
愛華は少しだけ笑った。
「……そういうところです」
和春は意味を聞かない。
湯気の中、ただ同じ温度を共有する。
それだけで十分だった。
愛華は小さく肩を寄せる。
和春は何も言わない。
そのまま、離さなかった。

