アリシアの問いに、和春は答えない。
否定も肯定もしないまま、グラスを口に運ぶ。
その沈黙を見て、愛華が代わりに口を開いた。
「違いますよ」
穏やかだが、線を引く声。
「私たちは――相方兼メイドです」
アリシアが少し首を傾げる。
「一番関係が分からない答えですね」
「よく言われます」
少し考え、アリシアは踏み込んだ。
「では恋人はいないんですよね?」
愛華は答えない。
代わりに視線だけを返す。
アリシアはそれを肯定と解釈し、柔らかく笑う。
「もしよければ、立候補してもいいですか?
まずは連絡先の交換からでも」
空がワインを吹きそうになりながら肩を震わせている。
和春が口を開きかける。
「別に――」
「よくありません」
即座に愛華が遮る。
「和春の連絡管理は私が行っています。
依頼・日程・窓口すべて私です」
「管理……ですか?」
「はい。個人連絡先は基本出していません」
アリシアが苦笑する。
「プライベートでも?」
「この人にプライベートはありません」
一拍置いて、
「仕事バカなので、全部仕事になります」
和春が不満そうに口を開く。
「おい、それは――」
「和春」
静かな一言。
それだけで、言葉は止まった。
空が堪えきれず笑う。
「完全に飼われてるじゃない」
和春はグラスを持ち直すだけだった。
アリシアは小さく笑う。
「突破不可ですね」
「業務上、必要な防壁です」
やがて席を立つ。
「そろそろ帰るか」
――和春と愛華は店を出ていった。
扉のベルが鳴り、静けさが戻る。
数分後。
空が伝票を手に取り、カウンターへ歩く。
「マスター、お会計――」
マスターが肩をすくめる。
「さっきの兄ちゃんが払ってったぞ」
空が止まる。
「……は?」
「祝い酒の礼だってな」
アリシアが驚き、小さく頭を下げた。
「そんな……」
空は呆れたように笑う。
「相変わらずね、あいつ」
「借りを作るのが一番面倒なタイプよ」
アリシアは少しだけ微笑む。
「でも、嫌な感じはしませんでした」
空は肩をすくめた。
「でしょ。だから厄介なのよ」
