グラスの氷が、静かに触れ合う。
空がワインを揺らしながら笑った。
「それにしても、読者にここで会うとはね」
アリシアは少し照れたように笑う。
「本当に偶然で……まだ信じられません」
和春が横から言う。
「モデルの仕事してるんだろ」
「はい。でも、本業は大学で心理学専攻してます」
和春の視線が少しだけ上がる。
本の話しを始めるアリシア
「人の選択と動機です。
努力する人と、しない人の差って能力じゃないと思っていて」
「構造だな」
アリシアの表情がぱっと明るくなる。
「はい。本に書いてあったところです」
両手でグラスを持ちながら続ける。
「人は理屈で動かない、“納得”で動く――
あの一文が好きで」
空が興味深そうに見る。
「へぇ、そこに惹かれたの」
「努力論なのに根性論じゃないんです。
環境と認知で行動が変わるって、すごく現実的で」
和春は淡々と答える。
「人は自由に選んでるようで、ほぼ選ばされてる」
「……はい」
「意思は最後に理由を付ける装置だ」
アリシアは小さく息を呑んだ。
「感情のあとに思考がくる」
「恋愛も同じだな。好きになった理由は後付けだ」
愛華がちらりと視線を送る。
アリシアは楽しそうに笑う。
「じゃあ、好きになる条件は作れるんですか?」
「方向は与えられる。決定は本人の脳がやる」
空が笑う。
「相変わらず色気ないわね」
「事実だ」
そこから話は続いた。
・認知的不協和
・一貫性原理
・選択の正当化
・報酬予測誤差
アリシアは完全に聞き入っている。
空もいつの間にかグラスを持つ手を止めていた。
――しばらくして。
愛華が時計を見て、静かに口を挟む。
「和春」
「ん?」
「止まりませんね」
「まだ途中だ」
「続きは本にしてください」
そしてグラスを指差す。
「三杯目です」
「……」
「約束は一杯でしたよね」
和春は黙る。
アリシアが吹き出した。
「本当に管理されてるんですね」
空も笑う。
「完全に尻に敷かれてるわ」
和春は平然と言う。
「管理された方が効率いい」
愛華が小さくため息をつく。
「帰りますよ。明日も仕事です」
アリシアはくすくす笑った。
「なんだか奥様みたいですね」
空がすぐ乗る。
「普通そう思うわよね」
アリシアは二人を見て、自然に尋ねた。
「お付き合いされてるんですか?」
――一瞬、静かな間が落ちた。
