相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

扉を開けると、いつもの低いジャズ。
カウンターの端に――如月空。

その隣に座る女性に、愛華の足が止まる。

金髪ロング。
虹色のメッシュ。
緑の瞳と、左目の七色のカラコン。

派手な見た目なのに、座り方が静かだった。
グラスを持つ手も落ち着いていて、浮いていない。

女性は振り向き――愛華を見て、目を丸くする。

「……あ、メイドさん……本物ですか?」

困ったように笑う、柔らかい声。

愛華は軽く頭を下げる。

「仕様です」

空が笑う。

「この子の正装よ」

「そうなんですね……すごい似合ってます」

その言葉に嘘はない。
観察ではなく、純粋な感想の目だった。

和春が席に座ると、女性の視線が自然に向く。

数秒、じっと見て――

「あの……」

少し迷ってから。

「神代和春さん、ですか?」

「ああ」

女性の表情がぱっと明るくなる。

「やっぱり……!
 よかった……違ったらどうしようかと」

安心したように笑う。

「天王寺アリシアです。モデルの仕事をしながら大学に通ってます。あと心理学専攻です」

和春は何も言わない。

アリシアは気にせず続ける。

「本、読んでます。
 “人は理解ではなく納得で動く”の本」

「ああ」

「すごく好きです。
 理論が綺麗なのに、現実で使えるのが面白くて」

空が頬杖をつく。

「完全にファンね」

アリシアは少し照れたように笑う。

「はい。かなり」

和春はウイスキーを飲むだけ。

反応が薄い。

――普通ならここで距離を測られる。

けれどアリシアの表情はむしろ柔らかくなる。

(見てこない)

男性特有の視線がない。
値踏みも、期待も、下心も。

容姿に向けられる“あの感情”が一切ない。

それなのに、拒絶でもない。

ただ自然に扱われている。

不快さがないどころか――

安心する。

アリシアは小さく息を吐いた。

「なんだか不思議です」

「何が?」

「有名な方に会うと緊張するのに、しないんです」

愛華が即答する。

「この人、人を緊張させる方向の威圧は出さないので」

「なるほど……」

アリシアは納得したように頷く。

「あと……」

少し笑う。

「普通の男性なら、もう少し警戒するんですけど」

和春を見る。

「警戒、しなくていい気がします」

空がニヤッとする。

「珍しい評価ね」

「ええ。安心します」

グラスを回しながら続ける。

「だから、少しお話してみたくて」

和春は肩をすくめる。

「別にいいけど」

アリシアの表情が嬉しそうに緩む。

愛華はその様子を横目で見て――
小さくため息をついた。

「……ファンが増えましたね、和春」

「興味持たれただけだろ」

「そういうところです」

夜の空気が、静かにほどけていった。