相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

瀬奈が笑いながら身を乗り出す。

「じゃあ――和春さん! 私とかどうですか?」

和春が何か言う前に、

「和春はダメです」

愛華が即答した。

瀬奈が噴き出す。

「早っ!? なんでですか!」

愛華は紅茶を一口飲み、淡々と語り始める。

「まず、この人は恋愛に向きません」

「……」

「なぜか病気になりません」

「はい?」

「体調を崩さないので止まりません。
放っておくとずっと働きます」

「限界という概念がないので、休む理由が存在しません」

「合理的だろ」

「恋人からすると合理的ではありません」

瀬奈が苦笑する。

「まぁ忙しい人あるある――」

「違います」

愛華はきっぱり否定する。

「仕事に関係ない連絡は常に後回しです」

「悪気はありません。優先順位の問題です」

「つまり」

少し間を置いた。

「恋人は後回しになります」

瀬奈「それはキツい…」

愛華はさらに続ける。

「それと、この人は妙に安心感を与えます」

「困っている人を放置できない性格と、話の聞き方のせいで女性にかなりモテます」

和春「いらない評価だな」

「本人は自覚していません」

「そして鈍感です」

瀬奈が頷く。

「うわ、典型的なやつだ」

「さらに」

愛華は視線を少し逸らす。

「無自覚で距離が近い」

「えっちイベントを引き起こします」

「その言い方やめろ」

瀬奈が肩を震わせる。

「事故体質なんですね…」

「ええ」

愛華は淡々と断言する。

「恋人になれば、不安と不満しかありません」

静かな言葉だった。

和春は黙ってコーヒーを口にする。

瀬奈がニヤニヤする。

「先輩は平気なんですか?」

愛華は一拍だけ止まり――

「私は管理者なので」

「便利な立場だな」

「合理的です」

瀬奈は二人を見比べて笑った。

「それ、恋人より重い関係ですよ」

カフェの空気が、どこかだけ甘く静まっていた。




◼️帰り道 ― 夜へ続く余白



カフェを出たあと、夕方の空気は少し冷えていた。

二人は大学の駐車場へ戻る。
夕焼けに染まったキャンパスは人影もまばらで、講義の熱気が嘘のように静かだった。

和春が車のロックを解除して車に乗り込む。

助手席に乗り込んだ愛華がシートベルトを締めながら言う。

「夕食の材料が減っていましたね。帰りにスーパー寄りましょう」

「任せる」

エンジンがかかり、低い振動が車内に広がる。
しばらく無言のまま走り、住宅街へ入る頃には空は夜に変わっていた。



スーパー

駐車場に車を停め、自動ドアをくぐった瞬間――
店内の視線が一斉に集まる。

メイド服。

平日の生活空間には、あまりにも非日常だった。

子供が母親の袖を引っ張る。

「ねぇママ、あれ本物?」

「見ちゃダメ」

ひそひそ声が広がる。

和春は特に気にした様子もなくカゴを取る。

「いつも通りでいいか?」

「はい。和春は野菜選ばないでください。前回は観葉植物みたいなの持ってきましたから」

「食えただろ」

「食用ハーブの鉢植えです」

淡々と商品を選ぶ愛華の横で、和春はカートを押すだけ。
夫婦のような距離感だった。

レジを抜け、袋を受け取ると外は完全な夜になっていた。




◼️帰宅 ― 夜への誘い

車で大学から帰宅し、買ってきた袋をキッチンへ置く。
部屋に落ち着いた静けさが戻る。

そのとき和春が言った。

「少し飲みに行くか」

愛華が振り向く。

「BARですか?」

「ああ。長居はしない」

「明日も仕事ですよ」

「分かってる。少しだけだ」

愛華は一瞬だけ考え、頷いた。

「……構いません」

クローゼットへ向かおうとして、ふと止まる。

「……着替えは不要ですね」

「いつもの店だしな」

マスターも常連も、
すでに“メイド服の愛華”に慣れている場所だ。
私服の方がむしろ浮く。

愛華は髪だけ整えて戻ってくる。

「お待たせしました」

「今日は早いな」

「着替えがないので」

和春が小さく笑う。



タクシー

マンション前。
夜の空気に触れた瞬間、昼の仕事の緊張がほどける。

和春がアプリでタクシーを呼ぶ。

「飲むなら運転は無しです」

「分かってる」

到着したタクシーに乗り込む。

街灯が窓を流れていく。
互いに話さない時間が、不思議と心地いい。

「和春」

「ん?」

「一杯までです」

「信用されてないな」

「常習犯ですから」

短いやり取りのあと、
ネオンが近づく。

日常の延長線にある、もう一つの居場所へ。

二人はいつものBARへ向かった。