愛華がゆっくり体を起こす。
和春の肩から離れる瞬間、ほんのわずかに名残が残る。
だが、次の動きに迷いはない。
「準備してきます」
柔らかさの残る声が、すぐに整う。
和春はソファにもたれたまま頷く。
「ん」
数分後――
寝室の扉が開く。
整えられた銀髪。
赤い瞳に理知的な光。
黒と白のメイド服。
空気が変わる。
「お待たせしました、和春」
「……戻ったな」
「本日の予定は昼から個人相談一件のみです。午前は調整時間になります」
「了解」
愛華はテーブルのカップを回収する。
「なので生活リズムを戻します。まずシャワーに入ってください」
「今?」
「昨日のままです」
「……」
「思考効率が落ちます」
「精神論か?」
「データです。睡眠後の皮膚温変化と覚醒度は相関があります」
「そこまで管理すんのかよ」
「和春の仕事効率に直結しますので」
一切の甘さが消えている。
「タオルは?」
「用意済みです。コーヒーを飲み終わったらどうぞ」
「逃げ道ねぇな」
「ありますよ」
一瞬だけ視線を逸らす。
「拒否という選択肢は」
「無いだろ」
「ええ、ありません」
和春が立ち上がる。
すれ違う瞬間、距離が近づく。
愛華の動きが一瞬止まるが、すぐ戻る。
「ゆっくりで大丈夫です。午前は空いていますので」
「さっきと圧が違うな」
「業務と生活は分けています」
完璧な業務モード。
だが背を向けた後、小さく息を吐く。
切り替えは完璧だった。
――気持ち以外は。
浴室の扉が開く。
まだ少し湿った髪のまま、和春がリビングへ戻る。
キッチンからは水音。愛華は背を向けて片付けをしている。
和春は一度その背中を見てから、ソファへ座る。
テーブルの下に手を伸ばす。
取り出す。
銀色の缶。
プルタブをゆっくり起こす。
――プシュ
小さな音とともに、一口。
「……」
短く息を吐く。
淹れたコーヒーも好きだが、和春は缶コーヒーも好きだった。
放っておけばブラックばかり飲む。
愛華と暮らす前は、一日で二リットル近く空けていたこともある。
本人に自覚はないが、確実に飲み過ぎの部類だ。
「和春」
真後ろから声。
「……」
振り向かないまま、もう一口。
「朝の覚醒にカフェインは合理的だぞ」
「それは淹れたコーヒーで足ります」
「これは別枠」
「没収します」
手が伸び、缶を取られる。
「おい」
「隠していた時点で確信犯です」
「証拠は?」
愛華は棚を指さす。
「補充用の在庫、昨夜から一本減っています」
「……細かいな」
「管理です」
缶を見つめ、小さくため息をつく。
「以前、飲み過ぎで頭痛を起こしたのを忘れましたか」
「覚えてないな」
「私は覚えています」
一瞬の沈黙。
愛華は缶をテーブルへ戻す。
「……今日は許可します」
「お」
「ただし朝食後は無しです」
「条件付きか」
「和春は制限しないと増えますので」
和春が飲む。
「うまい」
短い感想。
愛華の口元がほんの少しだけ緩む。
すぐ戻る。
「朝食、できています」
「了解」
立ち上がるとき、和春の手が愛華の袖に触れる。
偶然の距離。
互いに何も言わないまま、一瞬だけ止まる。
「……冷めますよ」
「だな」
いつも通りの朝。
ただし――管理されているのは、体調だけではなかった。
和春の肩から離れる瞬間、ほんのわずかに名残が残る。
だが、次の動きに迷いはない。
「準備してきます」
柔らかさの残る声が、すぐに整う。
和春はソファにもたれたまま頷く。
「ん」
数分後――
寝室の扉が開く。
整えられた銀髪。
赤い瞳に理知的な光。
黒と白のメイド服。
空気が変わる。
「お待たせしました、和春」
「……戻ったな」
「本日の予定は昼から個人相談一件のみです。午前は調整時間になります」
「了解」
愛華はテーブルのカップを回収する。
「なので生活リズムを戻します。まずシャワーに入ってください」
「今?」
「昨日のままです」
「……」
「思考効率が落ちます」
「精神論か?」
「データです。睡眠後の皮膚温変化と覚醒度は相関があります」
「そこまで管理すんのかよ」
「和春の仕事効率に直結しますので」
一切の甘さが消えている。
「タオルは?」
「用意済みです。コーヒーを飲み終わったらどうぞ」
「逃げ道ねぇな」
「ありますよ」
一瞬だけ視線を逸らす。
「拒否という選択肢は」
「無いだろ」
「ええ、ありません」
和春が立ち上がる。
すれ違う瞬間、距離が近づく。
愛華の動きが一瞬止まるが、すぐ戻る。
「ゆっくりで大丈夫です。午前は空いていますので」
「さっきと圧が違うな」
「業務と生活は分けています」
完璧な業務モード。
だが背を向けた後、小さく息を吐く。
切り替えは完璧だった。
――気持ち以外は。
浴室の扉が開く。
まだ少し湿った髪のまま、和春がリビングへ戻る。
キッチンからは水音。愛華は背を向けて片付けをしている。
和春は一度その背中を見てから、ソファへ座る。
テーブルの下に手を伸ばす。
取り出す。
銀色の缶。
プルタブをゆっくり起こす。
――プシュ
小さな音とともに、一口。
「……」
短く息を吐く。
淹れたコーヒーも好きだが、和春は缶コーヒーも好きだった。
放っておけばブラックばかり飲む。
愛華と暮らす前は、一日で二リットル近く空けていたこともある。
本人に自覚はないが、確実に飲み過ぎの部類だ。
「和春」
真後ろから声。
「……」
振り向かないまま、もう一口。
「朝の覚醒にカフェインは合理的だぞ」
「それは淹れたコーヒーで足ります」
「これは別枠」
「没収します」
手が伸び、缶を取られる。
「おい」
「隠していた時点で確信犯です」
「証拠は?」
愛華は棚を指さす。
「補充用の在庫、昨夜から一本減っています」
「……細かいな」
「管理です」
缶を見つめ、小さくため息をつく。
「以前、飲み過ぎで頭痛を起こしたのを忘れましたか」
「覚えてないな」
「私は覚えています」
一瞬の沈黙。
愛華は缶をテーブルへ戻す。
「……今日は許可します」
「お」
「ただし朝食後は無しです」
「条件付きか」
「和春は制限しないと増えますので」
和春が飲む。
「うまい」
短い感想。
愛華の口元がほんの少しだけ緩む。
すぐ戻る。
「朝食、できています」
「了解」
立ち上がるとき、和春の手が愛華の袖に触れる。
偶然の距離。
互いに何も言わないまま、一瞬だけ止まる。
「……冷めますよ」
「だな」
いつも通りの朝。
ただし――管理されているのは、体調だけではなかった。
