生活安全課。
風営法担当の部署。
案内された小さな会議室。
机の上には図面一式と書類の束。
スーツ姿の警察官が三人。
中央の男が資料をめくりながら言う。
「新規開業予定の特殊浴場営業ですね」
和春は椅子にもたれたまま答える。
「そう。だから事前協議に来た。後から止められるのが一番無駄だからな」
警察官の眉がわずかに動く。
「……あなたが設計者ですか?」
「コンサル。設計と動線、営業形態の適法化まで全部見る」
隣で愛華が静かに補足する。
「申請主体はオーナー様ですが、構造・営業設計の責任者は私達になります」
警察官は書類を見ながら言う。
「まず、この間取りだと個室が“施術室”として認められない可能性があります」
和春は図面を指で叩く。
「脱衣・洗浄・浴槽・休憩の区画分離してる。用途明確だろ」
「ですが密閉性が高すぎる」
「だから上部開口と換気経路作ってる。
密室扱いにならない基準は“客観的に施術室と認識できる構造か”だろ」
警察官が一瞬黙る。
愛華が静かに続ける。
「風営適正化法施行規則第六条の“客室の構造基準”において外部から営業実態が確認可能であることが求められています」
図面の一点を指す。
「こちらの採光窓と監視導線により、管理者が常時状況を把握可能です」
警察官が資料をめくる手を止める。
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第一の衝突 ― 密室性
「しかし、これは実質的に自由恋愛の場と判断される可能性が」
和春が軽く笑う。
「それは“営業形態”の話だろ。構造基準とは別」
「……」
「特殊浴場営業は入浴役務の提供が本体。
行為の推認じゃなく、設備と料金体系で判断する」
机に料金表案を置く。
「対価は入浴サービス。時間管理は店側。
指名・同伴・場外誘導なし。
恋愛の自由は客の勝手。店は関与しない」
警察官の一人が口を挟む。
「ですが実態として――」
「“実態”を言うなら証明責任はそっちだ。
こっちは最初から違法にならない設計を持ってきてる」
空気が一段重くなる。
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第二の衝突 ― 導線設計
警察官が図面の廊下を指す。
「この動線だとキャストと客が鉢合わせしない。管理性が低い」
「逆。トラブル防止の分離動線だ」
「従業員保護の観点です。
暴力・ストーカー・接触事故のリスクを下げます」
「管理が難しい」
和春は即答する。
「監視は視認じゃなくログ管理。
入退室センサーとフロント一括管理にする」
「……電子管理ですか」
「今の時代、目視の方が危険だろ」
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第三の衝突 ― 接待該当性
「キャストが客と会話を行う場合、接待と見なされる恐れがあります」
愛華が落ち着いて説明する。
「本営業では“歓楽的雰囲気を積極的に提供する行為”を禁止します」
「会話は役務の付随。
接待になるのは“時間拘束+感情的迎合”」
資料を置く。
「会話マニュアルは業務説明と体調確認のみ。
ドリンク勧誘・連絡先交換・店外約束は禁止」
警察官が小さく息を吐く。
「……かなり対策されていますね」
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空気の変化
沈黙。
警察官は書類を閉じる。
「ここまで事前に整理された案件は珍しいです」
「止められてから直すのが一番金かかるからな」
愛華が軽く頭を下げる。
「行政と対立するつもりはありません。
合法の範囲で営業を成立させたいだけです」
警察官は少し表情を緩める。
「分かりました。
この内容であれば、現段階では許可申請を受理可能です」
オーナーが息を飲む。
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帰り道
庁舎を出る。
オーナーが何度も頭を下げる。
「本当に助かりました…」
「まだスタートラインだ。運用間違えたら一発で終わる」
「本日お渡しする運用規定、必ず従業員へ周知してください」
オーナーは深く頷いた。
去っていく背中。
夕方の風が吹く。
愛華が小さく言う。
「……今日、少し強引でしたね」
「警察は敵じゃない。
でも曖昧なままだと向こうも止めるしかないからな」
少しだけ間が空く。
愛華が和春を見る。
「頼もしいです」
和春は気にせず歩く。
「仕事だからな」
