相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

― 設計提案フェーズ ―

オーナーが腕を組んだまま、ゆっくり言う。

「……じゃあ、どう直す?」

和春はペンを取り、図面を裏返した。

「一から描く」

さらりと言う。

「えっ」

「この設計は“店を作る図面”です」

「必要なのは“営業を成立させる図面”だ」

愛華がタブレットを横に置き、紙を押さえる。

ペンが走る。



■入口設計


「まず入口を折る」

直線だった動線がL字になる。


「わざわざ曲げるのか?」

愛華が補足する。

「人は“曲がった先”を視認できません。
 つまり入店の瞬間に、外から見られなくなります」


「高級店の価値は豪華さじゃない。“匿名性”だ」


「お客様が“誰にも知られない”と感じた時、単価が上がります」

オーナーがゆっくり頷く。



■待合スペース


「待合は半分に縮小」

「狭くするのか?」


「広い待合=待たされる店、という印象になります」

「代わりに“個別待機”にする」

小さな区切りを書き足す。


「個室風にすることで、他の客と顔を合わせません」


「心理的には“客同士の存在を消す”方が満足度が上がる」



■キャスト導線


「キャストは裏から移動」

客導線と完全分離の線を引く。


「そこまで必要か?」


「はい。これをしないと“偶然見た”が発生します」


「偶然はトラブルの原因になる」


「この業種では“見えない努力”が安全になります」



■浴室配置

和春は一番大きく図を書き直す。

「ここが店の心臓だ」

オーナーの姿勢が変わる。

「浴室は壁じゃなく“層”で守る」

「層?」

愛華が指で図をなぞる。

「廊下→準備室→浴室
 三段階にします」


「一枚の扉で守ると事故る」


「複数の空間で守ると事故が起きません」


「鍵より距離の方が安全なんだ」

オーナーが小さく息を吐く。

「……なるほど」



■スタッフ位置


「バックヤードは中央に移動」

「遠い方が見えなくて良くないか?」


「遠いと助けられません」

「近いと監視になる」

「だから“見えない距離で届く位置”にします」

図面の中心に小さな部屋が描かれる。



― 設計思想の説明(読者向け) ―

オーナーがぽつりと言う。

「お前ら、建築家じゃないよな?」

「違う」

愛華が静かに微笑む。

「人の行動を設計しています」

「建物は箱だ。
 中で何が起きるかは配置で決まる」

「つまり“トラブルが起きない流れ”を作るのが設計です」

オーナーは図面を見つめたまま言った。

「……この業界長いが、こんな説明初めてだ」

「法律は守るものじゃない」

一拍置く。

「守れる形にするものだ」


「形が正しければ、営業は自然と安定します」



オーナーは深く息を吐いた。

「……頼む。全部任せたい」

カズハルはペンを置く。

「じゃあ次は書類だな」

愛華が頷く。

「警察協議用の図面、作成に入ります」

仕事は、次の段階へ進んだ。