コンカフェを出て車に乗り込むと、
さっきまでの賑やかさが嘘みたいに静かになる。
シートベルトの音だけが響いた。
和春がエンジンをかける。
「次の案件は?」
愛華がタブレットを開く。
一瞬だけ視線を泳がせてから答える。
「……風俗営業です」
「幅広いな」
「その……ソープランドの新規開業になります」
ほんの少し、言い終わりが小さくなる。
和春が横目で見ると、
愛華の頬がわずかに赤い。
「顔赤いぞ」
「赤くありません」
「いや赤い」
「気のせいです」
一拍。
「仕事ですので」
強めに言い直す。
和春が小さく笑う。
「珍しいな」
「珍しくありません」
「動揺してる」
「していません」
沈黙。
車が交差点を曲がる。
愛華が小さく咳払いをする。
「……開業自体は可能です」
「場所は押さえてるのか」
「はい。詳細は現地で説明します」
それ以上は言わない。
和春も追及しない。
「じゃあ見てから決めるか」
「その方が正確です」
しばらく無言で走る。
仕事の前の、少しだけ緩い時間。
さっきよりも落ち着いた声で、愛華が言う。
「構造の話になります」
「得意分野だな」
「私も得意です」
視線が一瞬だけ合う。
すぐ前に戻る。
車は目的地へ向かって進んでいった。
― 店舗受付 ―
ビルの中は思っていたより静かだった。
昼間だからか、人の気配は少ない。
受付カウンターの奥にスタッフが一人いるだけ。
愛華が一歩前へ出る。
「本日、開業相談でお約束している神代です」
スタッフが名簿を確認する。
「あ、少々お待ちください」
視線がふと止まる。
愛華のメイド服だった。
「あの……キャストの面接では…?」
「違います」
即答。
和春が横で小さく息を吐く。
⸻
奥の扉が開く。
現れたのは四十代ほどの男だった。
軽く笑いながら歩いてくる。
「どうもどうも。お待ちしてました」
握手を交わす。
その直後――
オーナーの視線が愛華で止まる。
「……いやちょっと待って」
もう一度見る。
「え、君」
距離を詰める。
「うちで働かない?」
一瞬の沈黙。
和春の空気がほんの少しだけ冷える。
愛華は表情を変えない。
「お断りします。業務中ですので」
「いやでもさ、その雰囲気うち向きだよ?」
「職務外です」
即答だった。
オーナーが笑う。
「固いなぁ」
和春が口を挟む。
「仕事の話をしに来た」
声は落ち着いているが、温度が一段低い。
オーナーは肩をすくめた。
「冗談ですよ」
冗談にしては軽くない空気が残った。
⸻
受付奥の応接スペース。
テーブルの上に広げられた図面を、カズハルと愛華が並んで覗き込む。
オーナーは腕を組み、自信ありげに言う。
「どうだい? 金はかけた。最新の高級店をイメージしてる」
和春は何も言わず、数秒だけ黙る。
その沈黙に、オーナーの表情が少し曇る。
先に口を開いたのは愛華だった。
「……これは“高級店”ではありません」
空気が止まる。
「は?」
「正確には、“高そうに見えるだけの回転型店舗”です」
オーナーの眉が吊り上がる。
「いや、ちょっと待てよ嬢ちゃん――」
和春が静かに図面の一点を指で叩く。
「ここ。入口から受付まで一直線」
「それが?」
「ソープランドは“入店した瞬間から身バレリスク”が始まる業態です」
愛華が続ける。
「通行人、近隣店舗、車両、対面客。
この導線では“客同士が顔を合わせる確率”が高すぎます」
「…………」
「高級店ほど“誰にも見られない”が価値です」
和春は別の箇所を指す。
「待合が広すぎる」
「広い方がいいだろ?」
「回転が悪くなります」
「それに心理的にも逆効果です。
長時間待機=人気がない店、という認知になります」
「この業態での正解は“待たせない設計”です」
オーナーの顔が、わずかに変わる。
和春はさらにページをめくる。
「浴室の配置も逆ですね」
「逆?」
「女性動線と客動線が交差しています。
これはトラブル・盗撮・接触リスクを生みます」
「あと、スタッフバックヤードが遠すぎる」
「問題あるか?」
「問題が起きた時、30秒遅れます」
「この業種で30秒は“事故”になります」
沈黙。
オーナーの態度が、完全に変わる。
「……お前ら、本業は何だ?」
「コンサルだ」
「“潰れない店”を作る方の、です」
和春は図面を閉じる。
「このまま建てると、“摘発されないけど続かない店”になります」
愛華が微笑む。
「ですが――直せば“長く続く店”にはなります」
オーナーは椅子に深く座り直した。
「……続けてくれ」
さっきまでの賑やかさが嘘みたいに静かになる。
シートベルトの音だけが響いた。
和春がエンジンをかける。
「次の案件は?」
愛華がタブレットを開く。
一瞬だけ視線を泳がせてから答える。
「……風俗営業です」
「幅広いな」
「その……ソープランドの新規開業になります」
ほんの少し、言い終わりが小さくなる。
和春が横目で見ると、
愛華の頬がわずかに赤い。
「顔赤いぞ」
「赤くありません」
「いや赤い」
「気のせいです」
一拍。
「仕事ですので」
強めに言い直す。
和春が小さく笑う。
「珍しいな」
「珍しくありません」
「動揺してる」
「していません」
沈黙。
車が交差点を曲がる。
愛華が小さく咳払いをする。
「……開業自体は可能です」
「場所は押さえてるのか」
「はい。詳細は現地で説明します」
それ以上は言わない。
和春も追及しない。
「じゃあ見てから決めるか」
「その方が正確です」
しばらく無言で走る。
仕事の前の、少しだけ緩い時間。
さっきよりも落ち着いた声で、愛華が言う。
「構造の話になります」
「得意分野だな」
「私も得意です」
視線が一瞬だけ合う。
すぐ前に戻る。
車は目的地へ向かって進んでいった。
― 店舗受付 ―
ビルの中は思っていたより静かだった。
昼間だからか、人の気配は少ない。
受付カウンターの奥にスタッフが一人いるだけ。
愛華が一歩前へ出る。
「本日、開業相談でお約束している神代です」
スタッフが名簿を確認する。
「あ、少々お待ちください」
視線がふと止まる。
愛華のメイド服だった。
「あの……キャストの面接では…?」
「違います」
即答。
和春が横で小さく息を吐く。
⸻
奥の扉が開く。
現れたのは四十代ほどの男だった。
軽く笑いながら歩いてくる。
「どうもどうも。お待ちしてました」
握手を交わす。
その直後――
オーナーの視線が愛華で止まる。
「……いやちょっと待って」
もう一度見る。
「え、君」
距離を詰める。
「うちで働かない?」
一瞬の沈黙。
和春の空気がほんの少しだけ冷える。
愛華は表情を変えない。
「お断りします。業務中ですので」
「いやでもさ、その雰囲気うち向きだよ?」
「職務外です」
即答だった。
オーナーが笑う。
「固いなぁ」
和春が口を挟む。
「仕事の話をしに来た」
声は落ち着いているが、温度が一段低い。
オーナーは肩をすくめた。
「冗談ですよ」
冗談にしては軽くない空気が残った。
⸻
受付奥の応接スペース。
テーブルの上に広げられた図面を、カズハルと愛華が並んで覗き込む。
オーナーは腕を組み、自信ありげに言う。
「どうだい? 金はかけた。最新の高級店をイメージしてる」
和春は何も言わず、数秒だけ黙る。
その沈黙に、オーナーの表情が少し曇る。
先に口を開いたのは愛華だった。
「……これは“高級店”ではありません」
空気が止まる。
「は?」
「正確には、“高そうに見えるだけの回転型店舗”です」
オーナーの眉が吊り上がる。
「いや、ちょっと待てよ嬢ちゃん――」
和春が静かに図面の一点を指で叩く。
「ここ。入口から受付まで一直線」
「それが?」
「ソープランドは“入店した瞬間から身バレリスク”が始まる業態です」
愛華が続ける。
「通行人、近隣店舗、車両、対面客。
この導線では“客同士が顔を合わせる確率”が高すぎます」
「…………」
「高級店ほど“誰にも見られない”が価値です」
和春は別の箇所を指す。
「待合が広すぎる」
「広い方がいいだろ?」
「回転が悪くなります」
「それに心理的にも逆効果です。
長時間待機=人気がない店、という認知になります」
「この業態での正解は“待たせない設計”です」
オーナーの顔が、わずかに変わる。
和春はさらにページをめくる。
「浴室の配置も逆ですね」
「逆?」
「女性動線と客動線が交差しています。
これはトラブル・盗撮・接触リスクを生みます」
「あと、スタッフバックヤードが遠すぎる」
「問題あるか?」
「問題が起きた時、30秒遅れます」
「この業種で30秒は“事故”になります」
沈黙。
オーナーの態度が、完全に変わる。
「……お前ら、本業は何だ?」
「コンサルだ」
「“潰れない店”を作る方の、です」
和春は図面を閉じる。
「このまま建てると、“摘発されないけど続かない店”になります」
愛華が微笑む。
「ですが――直せば“長く続く店”にはなります」
オーナーは椅子に深く座り直した。
「……続けてくれ」
