営業中のざわめきが、壁一枚越しに聞こえる。
狭い控室。
折りたたみ机の上には売上表とシフト表が広げられていた。
オーナーが頭を抱えている。
「正直、最近トラブル増えてるんです……」
和春が資料をめくる。
「特定客の滞在時間が長いな」
「はい。キャストドリンクが増えると…」
愛華が淡々と補足する。
「関係性の“独占感”が発生しています。
疑似恋愛の進行速度が、店の設計を超えています」
「進行速度…?」
「本来コンカフェは“楽しい会話”の提供です。
ですが現在は“関係性の進展”を提供してしまっています」
オーナーが青ざめる。
「それって…」
和春が言い切る。
「客は恋愛が始まったと誤認する」
沈黙。
「そして終わる時に揉める」
その瞬間――
バンッ!!
扉が勢いよく開いた。
キャストが飛び込んでくる。
「オーナー!!」
息が荒い。
「A卓の人が…帰らないです…!」
空気が凍る。
「“今日だけ特別って言ったじゃん”って……」
オーナーの顔色が変わる。
和春が立ち上がる。
「行くぞ」
愛華も続く。
⸻
「だからさぁ!!俺だけって言ったよな!?」
店内の空気が固まる。
キャストは距離を保ったまま困っている。
周囲の客は会話を止めて見ていた。
「お客様、そういう意味では…」
「じゃあ何の意味だよ!!」
机を叩く音。
怒りはすでに“言葉の問題”じゃなくなっていた。
和春が間に入る。
「少しいいか」
「誰だよあんた」
「店の人間じゃない」
一拍。
「じゃあ関係ねぇだろ」
「ある」
男が睨む。
「お前が怒ってる理由を、店が間違えて理解すると面倒になる」
男の眉が動く。
「……は?」
和春は淡々と続ける。
「お前は“嘘をつかれた”と思ってる」
「思ってるじゃねぇよ、嘘だろ!!」
「違う」
即答。
「お前は“選ばれたと思った”んだ」
沈黙が落ちる。
怒鳴り返そうとして、言葉が止まる。
和春は声を落とす。
「だから怒ってる」
男の視線が揺れる。
「……だから何だよ」
愛華が静かに補足する。
「キャストはあなたを否定していません。
ただ“関係の種類”が違いました」
「同じことだろ」
「違います」
愛華は視線を逸らさず続ける。
「あなたは“個人的好意”を受け取った。
キャストは“接客上の特別感”を提供した」
「言葉遊びだろ」
和春が首を振る。
「違うな」
一歩だけ近づく。
「お前はここで否定されるのが怖い」
男の顔が強張る。
「“客として扱われただけ”になるのが嫌なんだろ」
「……」
「だから怒れば、まだ特別でいられる」
長い沈黙。
周囲の空気が変わる。
怒りの勢いが消え、代わりに居心地の悪さが残る。
「……じゃあどうすりゃいいんだよ」
声の温度が落ちる。
和春は答えを与えない。
「お前が決めろ」
「は?」
「ここを“店”として楽しむか、
“関係”を求めて来なくなるか」
逃げ道を作る言葉。
「選べるぞ」
男は視線を落とす。
数秒。
「……今日は帰るわ」
誰も追い詰めていないのに、そう言った。
怒りのままではなく、
自分で降りる形になっていた。
キャストが小さく頭を下げる。
「また普通に来い」
和春が最後に言う。
「その方が長く楽しめる」
男は返事をしない。
だが、もう怒ってはいなかった。
狭い控室。
折りたたみ机の上には売上表とシフト表が広げられていた。
オーナーが頭を抱えている。
「正直、最近トラブル増えてるんです……」
和春が資料をめくる。
「特定客の滞在時間が長いな」
「はい。キャストドリンクが増えると…」
愛華が淡々と補足する。
「関係性の“独占感”が発生しています。
疑似恋愛の進行速度が、店の設計を超えています」
「進行速度…?」
「本来コンカフェは“楽しい会話”の提供です。
ですが現在は“関係性の進展”を提供してしまっています」
オーナーが青ざめる。
「それって…」
和春が言い切る。
「客は恋愛が始まったと誤認する」
沈黙。
「そして終わる時に揉める」
その瞬間――
バンッ!!
扉が勢いよく開いた。
キャストが飛び込んでくる。
「オーナー!!」
息が荒い。
「A卓の人が…帰らないです…!」
空気が凍る。
「“今日だけ特別って言ったじゃん”って……」
オーナーの顔色が変わる。
和春が立ち上がる。
「行くぞ」
愛華も続く。
⸻
「だからさぁ!!俺だけって言ったよな!?」
店内の空気が固まる。
キャストは距離を保ったまま困っている。
周囲の客は会話を止めて見ていた。
「お客様、そういう意味では…」
「じゃあ何の意味だよ!!」
机を叩く音。
怒りはすでに“言葉の問題”じゃなくなっていた。
和春が間に入る。
「少しいいか」
「誰だよあんた」
「店の人間じゃない」
一拍。
「じゃあ関係ねぇだろ」
「ある」
男が睨む。
「お前が怒ってる理由を、店が間違えて理解すると面倒になる」
男の眉が動く。
「……は?」
和春は淡々と続ける。
「お前は“嘘をつかれた”と思ってる」
「思ってるじゃねぇよ、嘘だろ!!」
「違う」
即答。
「お前は“選ばれたと思った”んだ」
沈黙が落ちる。
怒鳴り返そうとして、言葉が止まる。
和春は声を落とす。
「だから怒ってる」
男の視線が揺れる。
「……だから何だよ」
愛華が静かに補足する。
「キャストはあなたを否定していません。
ただ“関係の種類”が違いました」
「同じことだろ」
「違います」
愛華は視線を逸らさず続ける。
「あなたは“個人的好意”を受け取った。
キャストは“接客上の特別感”を提供した」
「言葉遊びだろ」
和春が首を振る。
「違うな」
一歩だけ近づく。
「お前はここで否定されるのが怖い」
男の顔が強張る。
「“客として扱われただけ”になるのが嫌なんだろ」
「……」
「だから怒れば、まだ特別でいられる」
長い沈黙。
周囲の空気が変わる。
怒りの勢いが消え、代わりに居心地の悪さが残る。
「……じゃあどうすりゃいいんだよ」
声の温度が落ちる。
和春は答えを与えない。
「お前が決めろ」
「は?」
「ここを“店”として楽しむか、
“関係”を求めて来なくなるか」
逃げ道を作る言葉。
「選べるぞ」
男は視線を落とす。
数秒。
「……今日は帰るわ」
誰も追い詰めていないのに、そう言った。
怒りのままではなく、
自分で降りる形になっていた。
キャストが小さく頭を下げる。
「また普通に来い」
和春が最後に言う。
「その方が長く楽しめる」
男は返事をしない。
だが、もう怒ってはいなかった。
