相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

和春の腕の中に、愛華がいる。

抱き寄せた記憶はない。
ただ、支えたまま離さなかっただけ。

それだけのはずなのに、
もう距離は言い訳できる位置じゃなかった。

「……水」

差し出したグラスを、愛華は見上げるだけで受け取らない。

「持て」

「このままで」

「飲めねぇだろ」

「和春が持てば飲めます」

小さく息を吐く音。

呆れたようで、拒まない。
腕も離さない。

グラスを唇へ運ぶと、
愛華がそっと口をつける。

その瞬間――
吐息が手の甲に触れた。

温い感触に、指がわずかに止まる。

飲み終えたはずなのに、グラスを引かない。
愛華も離れない。

むしろ、少しだけ寄る。

耳元にかかる呼吸。
静かな温度。

「……近い」

「はい」

否定しない。

腕の中で、落ち着く位置を探すように身体が動く。
胸元に額が触れる角度になる。

和春は何も言わない。

ただ、背に回した手の力が変わる。
支える形から、包む形へ。

愛華の指がシャツをつまむ。

「逃げませんね」

「逃げる理由がない」

即答だった。

その声に、愛華の肩の力が抜ける。
完全に体重を預ける。

吐息が首元に触れる。

一瞬だけ、和春の呼吸が止まった。

「……おい」

「嫌ですか」

「そうは言ってない」

否定はしない。

代わりに頭へ手を置く。
ゆっくり撫でる。

一度。
二度。

愛華が目を閉じる。

「落ち着きます」

「酔いだ」

「そうかもしれません」

少し間を置いて、

「でも」

顔を上げずに続ける。

「恋人に見えますね」

「見せとけ」

短い返事。

愛華が小さく笑う。

「じゃあ冗談ですけど」

「なんだ」

「水、口移しでもよかったですよ」

「やめろ」

間髪入れず返る。

だが腕は離れない。

「冗談です」

「顔が冗談じゃねぇ」

「どんな顔ですか」

答えない。

代わりに頬に触れそうな距離で止まる。
押し返さないまま。

呼吸が重なる寸前。

「和春」

「ん」

「この距離、普通ですか」

わずかな沈黙。

「普通だ」

愛華の指が止まる。

それ以上聞かない。
また身体を預ける。

「……ずるいですね」

「知らねぇ」

氷の音だけが響く。

帰るとも、離れるとも言わない。
ただ腕の中で静かに呼吸が揃っていく。

誰も動かなかった。