相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

ドライヤーの音が止まり、リビングに静けさが戻った。

 温風の余熱だけが、まだ少しだけ残っている。

 和春は手に持っていたドライヤーを見て、小さく息を吐いた。

「……悪いな。ドライヤーかけるの、下手で」

 照れでもなく、ただの事実のような言い方だった。

 愛華はわずかに目を伏せる。

「……いえ、十分です」

 短い返事。

 でも、声は少し柔らかい。

 和春は気にした様子もなく、ドライヤーを机に置いた。

 ソファの端でその様子を見ていた結衣が、ふっと笑う。

「ふ〜ん」

 軽い声。

 そして続ける。

「そんな優しい顔したおにぃ、今まで見たことないけど。まぁいいや」

 空気が、わずかに揺れた。

 和春は眉を動かす。

「……何言ってる」

「別に?」

 結衣は肩をすくめる。

 からかうでもなく、深く突っ込むでもない。

 ただ事実を置いただけの声だった。



■ 何気ない一言

 少しだけ間が空く。

 結衣が背もたれに体を預けたまま、ふと呟く。

「おにぃさ」

「……なんだ」

「愛華さんにだけ、ちょっと甘くない?」

 軽い調子。

 でも空気は静かだった。

 和春は視線を上げることもなく答える。

「……普通だろ」

 それだけ。

 短くて、あまりにも自然な言葉。



■ 言葉の重さ

 結衣は「へぇ」とだけ言って、それ以上は何も言わない。

 スマホを触り始め、会話を終わらせた。

 部屋には小さな生活音だけが残る。

 愛華はタオルの端を指で整えながら、静かに考えていた。

(……普通)

 特別扱いではない。

 優しくしている自覚もない。

 ただ、普通。

 なのに。

 結衣は“見たことない顔”だと言った。

 それはつまり――

 あの人にとっての普通は、
 他の誰かにとっては普通ではないということ。

 胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。

 恋という名前ではない。

 でも。

 自分だけが受け取っている何かが、そこにある気がした。



■ 名前のない距離

 和春がふと顔を上げる。

「……髪、もう乾いたか」

「……はい」

 短い会話。

 それ以上続かない。

 それでも距離は変わらない。

 ただ、愛華の中だけで――

 “普通”という言葉の意味が、少しだけ変わっていた。

 夜は静かに、深くなっていく。