相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

 夜のリビング。

 風呂上がりの温かい空気がまだ残っていた。

 ソファに座った結衣が、タオルで軽く髪を拭きながら振り向く。

「愛華さん。髪やって〜」

 初対面とは思えないほど、自然な甘え方だった。

 和春が小さく眉を寄せる。

「……お前、距離感どうなってる」

「え? だめ?」

 結衣は首を傾げる。

 まっすぐな視線を向けられて、愛華は少しだけ戸惑った。

「……いえ、大丈夫です」

 そう言ってドライヤーを手に取る。

 愛華の頭には、濡れた長い銀髪をまとめた白いタオルが巻かれている。

 髪はまだ乾いていない。

 結衣は嬉しそうに背中を向けた。

「やったー。美容院気分!」

 ドライヤーの音が静かに鳴り始める。

 温風がオレンジ色の髪を揺らした。

 和春はソファの端でその様子を見ている。

 初対面のはずなのに。

 結衣は妙に自然で、遠慮がない。

 そして愛華も、それを拒まない。

 少しだけ不思議な光景だった。



■ 甘えと観察

「愛華さんってさ、めっちゃ手つき優しいよね」

「……普通です」

「いや絶対慣れてるって」

 結衣が楽しそうに笑う。

 櫛が髪を滑る音。

 静かな時間。

 和春は何も言わない。

 ただ視線だけが、二人の間を行き来している。



 櫛が、結衣の髪を静かに滑る。

 ドライヤーはすでに止まり、部屋には落ち着いた夜の空気が戻っていた。

 愛華は結衣の後ろに立ったまま、丁寧に髪を整えている。

 その頭には、濡れた銀髪をまとめた白いタオル。

 まだ自分の髪には手を付けられていない。

 ソファの端でそれを見ていた結衣が、ふっと口を開いた。

「ねぇ、おにぃ」

「……なんだ」

「愛華さん、自分の髪ぜんぜん乾かしてないじゃん」

 和春の視線が自然と向く。

 タオルの下に隠れた長い髪。

 確かに、濡れたままだ。ほんのりタオルは湿ってる。

「それはお前が‥‥」

 愛華は小さく首を振った。

「……後で大丈夫です」

 だが結衣は笑った。

「後でじゃなくてさ」

 少しだけ声を弾ませる。

「おにぃがやってあげなよ」

 櫛の動きが、ほんの一瞬止まる。

 愛華の呼吸がわずかに揺れた。

 和春が眉を寄せる。

「……は?」

「だってさ」

 結衣は鏡代わりのスマホを見ながら続ける。

「私の髪、まだ終わってないから愛華さん動けないじゃん?」

 その言葉は、妙に自然だった。

 わざとらしくない。

 けれど確実に、二人の距離を押している。

 小さな沈黙。

 和春が立ち上がった。

「……貸せ」

 短く言って、ドライヤーを手に取る。

 愛華の指先が、わずかに強く櫛を握った。



■ 初めての距離

 タオルがゆっくり外される。

 長い銀髪が、静かにほどけた。

 和春の動きは少しだけ慎重だった。

 慣れていない。

 それが分かる距離。

 スイッチが入る。

 温風が静かに流れ出す。

 風の音だけが部屋に満ちる。

 愛華は目を閉じた。

 背後に立つ気配。

 近い。

 指先が髪に触れるたび、胸の奥が小さく揺れる。

 和春は何も言わない。

 ただ、少しぎこちなく髪を持ち上げて風を当てている。

 それが逆に、距離を意識させた。

 結衣はソファに座ったまま、静かにその様子を見ている。

 茶化さない。

 でも口元は、楽しそうに緩んでいた。



■ 沈黙

 ドライヤーの音が止まる。

 ほんの短い時間。

 誰も何も言わない。

「……こんなもんか」

 和春が小さく呟く。

「……ありがとうございます」

 愛華は視線を落としたまま答えた。

 声が、ほんの少しだけ柔らかい。

 和春は何も返さない。





■ 起爆剤

 結衣がくすっと笑った。

「ねぇ」

 二人を見る。

「今のさ、めっちゃ恋人っぽかったよ?」

 同時に動きが止まる。

「……違う」

「……はい、違います」

 即答。

 だけど。

 否定の速さが、逆に空気を濃くした。

 結衣は満足そうに背もたれへ寄りかかった。

「ふーん」

 それ以上は言わない。

 でも。

 さっきまでと同じ距離なのに。

 どこか違う空気が、確かにそこに残っていた。