相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

夜。

 キッチンから、優しい香りが広がっていた。

 テーブルの上には、愛華の手料理が並ぶ。

 和食を中心にした、落ち着いたメニュー。

「……いただきます」

 三人の声が重なる。

 結衣が一口食べた瞬間、目を大きく見開いた。

「……え、なにこれ」

 箸が止まらない。

「ちょっと待って、めちゃくちゃ美味しいんだけど!!」

 感動したように顔を上げる。

「おにぃ!! これ毎日食べてるの?」

「……まあな」

「ずるくない!? 私もここ住みたい!!」

 和春が小さくため息をつく。

 愛華は少しだけ照れたように視線を落とした。

「……口に合ったなら、よかったです」

 その柔らかな空気の中で、食事の時間は静かに進んでいく。

 結衣は終始テンションが高かった。



■ お風呂前

 食後。

 食器を片付け、リビングに戻る。

 和春が軽く首を鳴らした。

「……先に風呂入ってこい」

「え、私?」

 結衣が振り向く。

「お前だよ」

「はーい!」

 元気に立ち上がり――

 数秒後。

 愛華の腕を掴んだ。

「愛華さん、一緒に入ろ!」

「……え」

「いいじゃん! 女子会ってことで!」

 愛華は一瞬迷う。

「いえ、私は後で……」

「だめ!」

 結衣の押しが強い。

「お願い! ちょっと話したい!」

 その真剣な目に押され、愛華は小さく頷いた。

「……では、少しだけ」

 和春がソファに座りながら呟く。

「……声、抑えろよ」

「はーい!」

 返事は元気だったが、たぶん守られない。



■ 脱衣所

 数分後。

 リビングまで聞こえてくる結衣の声。

「愛華さん、スタイルめっちゃいい!!
 肌も綺麗! すべすべじゃん!!」

 和春が頭を抱える。

「……あいつ声でけぇ……」

 思わず天井を見上げた。

 聞くつもりはないのに、全部聞こえる。

 静かにしてくれ、と願いながらソファに深く沈んだ。



■ 浴室

 湯気の中。

 二人は並んで浴槽に浸かっていた。

 静かな水音。

 結衣はすぐに話し始める。

「ねぇ愛華さん」

「はい?」

「おにぃ、どう思う?」

 突然すぎる質問。

 愛華は一瞬、言葉に詰まる。

「……仕事の相方です」

「それだけ?」

 間髪入れずに返される。

 湯気が揺れる。

「すごく頼れる人です。
 尊敬もしています」

 愛華は正直に答えた。

 結衣はにやっと笑う。

「それってさ」

 少し身を乗り出す。

「好きってことじゃないの?」

 愛華の呼吸が、わずかに止まった。

「……違います」

 即答した。

 けれど。

 声が少しだけ揺れている。

「ほんとに?」

 結衣は逃がさない。

「おにぃのこと話してる時、顔ちょっと柔らかいよ?」

 胸の奥が、じんわりと熱くなる。

(……柔らかい)

 昼間も言われた言葉。

 自分では気づかない変化。

「……私は」

 言葉を探す。

 湯気の向こうで、水面が小さく揺れた。

「……相方として、です」

 それ以上は言わない。

 言えない。

 結衣は少しだけ黙った。

 そして、優しく笑う。

「そっか」

 でも。

 小さく続けた。

「でもさ」

 湯船に指で円を描きながら。

「おにぃ、愛華さんのことめっちゃ信頼してるよ」

 愛華の視線が、ゆっくりと落ちる。

 信頼。

 その言葉は、重かった。



■ リビング

 和春はソファで目を閉じていた。

 浴室から聞こえる笑い声。

 少し大きい声。

「……ほんと、声でけぇな」

 小さく呟く。

 でも。

 なぜか嫌ではない。

 家の中が、少し賑やかになった気がした。



■ 湯気の余韻

 浴室。

 結衣がふと真面目な顔で言う。

「ねぇ愛華さん」

「はい」

「おにぃのこと、嫌いじゃないよね?」

 即答はできなかった。

 否定できない。

 肯定もできない。

 ただ。

 胸の奥に、昨日から続く小さな熱がある。

「……はい」

 小さな声で、それだけ答えた。

 結衣は満足そうに笑った。

「やっぱり」

 湯気が静かに揺れる。

 夜は、まだ続いていた。