相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

 朝の駅前ロータリー。

 和春の車が静かに停車した。

 助手席にはメイド服姿の天城愛華。

 黒いスカートの裾を整えながらタブレットを確認している。

「結衣さん、到着しています」

「ああ」

 和春が短く答えた。

 駅前のベンチから手を振る少女。

 オレンジ色のセミロング。

 水色の瞳。

 小柄で幼い顔立ちのせいか、制服でも似合いそうな雰囲気だが――

 彼女は二十歳だった。

「おにぃーーー!!」

 後部座席に滑り込む。

「久しぶりーー!!」

「……半年ぶりだな」

 そして助手席を見る。

 目が一気に輝いた。

「……え? 本物のメイドさん!?!?」

「天城愛華です。相方兼メイドです」

「相方兼メイドって何!? 強すぎ!!」

「時間ない。行くぞ」

「ほんとに仕事見学していいの?」

結衣には事前に仕事先に向かうことは伝えてあった。

「邪魔しなきゃな」

「やった!」

 車はそのまま発進した。

■ 普通は受けない案件

 向かったのは小さな不動産事務所。

 応接テーブル。

 依頼主の男性が不安そうに契約書を差し出す。

「土地を買う予定なんですが……
 安すぎて不安で」

 普通のコンサル会社は、こういう相談は受けない。

 企業案件にならないからだ。

 だが和春は違った。

 生活に直結する案件は例外。

 ただし――慈善ではない。

 和春は契約書を手に取る。

 数ページ、流し読み。

 止まった。

「……第二種住居地域」

 営業マンの表情が揺れた。

 結衣が小声で聞く。

「ねぇ愛華さん、それなに?」

 愛華が静かに答える。

「用途地域という土地のルールです。
 住宅地として人気が高い区域ですね」

「へぇ……」

■ 違和感の正体

 和春は次のページを指した。

「契約不適合責任、ほぼ免責」

 依頼主が戸惑う。

「それって……?」

 結衣も同時に身を乗り出した。

「難しいワード出た!」

 愛華が説明する。

「土地に問題があっても、
 売主に修補や減額を求めにくくなる内容です。
 つまり、買主側のリスクが大きくなります」

「え、それヤバくない?」

「はい」

 営業マンが口を挟む。

「一般的ですよ?」

「一般的じゃない」

 和春が淡々と言った。

■ 建築条件付き土地

「……これ」

 和春が契約書を軽く叩く。

「建築条件付きだな」

 依頼主が目を見開く。

「え?」

 結衣が即反応。

「なにそれ!?」

 愛華が補足する。

「指定された業者で建物を建てることが条件の土地です。
 自由設計が制限される場合があります」

 依頼主が青ざめる。

「そんな説明、聞いてない……」

 和春の視線が営業マンへ向いた。

 静かな圧。

■ 決定打 ― 接道義務

 和春は別の資料を引き寄せた。

「……42条2項道路か」

 営業マンの顔色が変わる。

 結衣が小声で騒ぐ。

「数字出た!! 難しそう!!」

 愛華が説明する。

「建築基準法の分類です。
 昔からある狭い道路で、
 建て替え時に敷地を後退させる――
 セットバックが必要になる可能性があります」

「え、土地狭くなるってこと!?」

「はい」

 依頼主が呟く。

「……それ、聞いてません」

 和春が短く言う。

「重要事項説明不足だな」

 営業マンが言葉に詰まる。

■ 完全に崩れる空気

「だから安いんだろ」

 和春の声は低かった。

 営業マンの笑顔が消える。

「……説明はしてます」

「してない」

 短い断言。

「説明義務違反に近い」

 沈黙。

 依頼主の呼吸が震える。

「……契約、やめてもいいですか」

「まだしてないなら自由だ」

 和春は淡々と答えた。

■ Boundary & Mindの哲学

 外へ出る。

 依頼主が深く頭を下げた。

「こんな相談、普通のコンサル会社は受けませんよね」

「ああ」

 和春は頷く。

「受けないだろうな」

「どうして……」

 少し間を置いて言う。

「生活に直結するからだ」

 そして続けた。

「個人相談は格安設定にしてる。
 でも慈善じゃない」

 結衣が静かに聞いている。

「高いと思うなら断ればいい。
 それも選択の自由だ」

 愛華が静かに補足した。

「Boundary & Mindは、
 依頼するかどうかも含めて
 ご本人が判断できる状態を大切にしています」

■ 車へ戻る

 外に出た瞬間。

 結衣が爆発した。

「おにぃ……また頭よくなってない!?」

「変わってない」

「いや絶対レベルアップしてるって!!」

 愛華が小さく笑う。

「いつも通りです」

 結衣は前の席に身を乗り出した。

「愛華さん……おにぃとコンビ組んでるの、最強じゃん」

 愛華は一瞬だけ和春を見る。

「……はい。
 とても頼りになります」

 和春が軽く咳払いした。

「……行くぞ」

 車が静かに走り出す。