相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

コンベヤの一定の音が、工場内に響いている。

 むきエビが整然と流れ、IQF凍結機が低く唸る。
 壁面に設置された捕虫器の青白い光が、静かに点灯していた。

 工場長の佐伯は、食品用白衣と帽子を着用したまま、ラインの横に立っている。

 さっきまでと、設備も、人の配置も、何も変わっていない。

 それなのに。

 見え方だけが、変わっていた。

(……84%は、甘えじゃなかった)

 神代和春の言葉が、何度も頭に浮かぶ。

「今の稼働率は、限界までやった結果だ」

 責めるでもなく、慰めるでもない。
 ただ、事実を言っただけの言葉。

 佐伯は、作業員の手元を見る。

 丁寧で、慎重で、迷いがない。
 だが、動きに余裕はない。

 異物混入を防ぐため、確認を重ねる。
 その一つひとつが、現場を守っている。

(……これ以上は、確かに壊れる)

 人を増やす前に、利益を作る。
 順番を間違えなければ、現場は救われる。

 佐伯は白衣の袖口を直し、深く息を吐いた。

 ――今日から、変える。

 そう、心の中で決めた。

■ 事務所前

 工場の外に出ると、潮の匂いがわずかに混じった風が吹いていた。

 代表は腕を組み、遠くの工場棟を見つめている。
 その少し後ろに、営業部長が立っていた。

「……正直に言うぞ」

 代表が、ぽつりと口を開く。

「最初に二人を見たとき、
 “今回のコンサル、大丈夫か?”と思った」

 部長は苦笑し、正直に頷いた。

「否定できません。
 私も少し構えました」

 代表は小さく息を吐く。

「メイド服だ。
 どう考えても、想定外だろう」

 部長が控えめに返す。

「ええ。受付で見た瞬間は、
 正直、何かの手違いかと」

 二人の間に、短い沈黙。

 だが、その空気はもう疑念ではなかった。

「……だが」

 代表が続ける。

「現場に入って、すぐ分かった」

 部長が静かに頷く。

「機械を褒めず、人を責めず、
 数字の話もしなかったですね」

「最初の一言が、“現場きついな”だ」

 代表の声は、少し低くなる。

「あれは、
 現場を見てきた人間の言葉だ」

 部長は、会議室の光景を思い出す。

「経理が電卓を叩いている横で、
 暗算で数字を出した時も……」

「……ああ」

 代表は苦笑した。

「しかも、誇る様子もない」

「だからこそ、
 こちらが黙るしかなくなりました」

 部長の言葉に、代表は小さく頷く。

「天城さんもな」

「表示の話ですね」

「“無機塩等にはなりません”と、即答だ」

 代表は正直に言った。

「そこが一番、私が気にしていた」

 部長が続ける。

「数字が良くても、
 表示で信用を落とせば意味がありませんから」

 少し風が吹き、二人の白衣が揺れた。

「……見た目で判断するものじゃないな」

 代表の言葉は、結論だった。

 部長が、少しだけ笑う。

「ええ。
 むしろ、あの二人で一つの完成形ですね」

「“相方兼メイド”だったか」

「はい」

 二人は小さく笑った。

 もう、心配はない。

「……いい判断だった」

 代表のその一言に、部長は深く頷いた。

■ 工場入口

 再び工場内を見る。

 壁面の捕虫器。
 止まらないライン。

 今日の現場は、昨日と同じだ。

 だが、明日からは違う。

 数字の先に、人がいる。

 その当たり前を、
 誰よりも冷静に示してくれた。

 Boundary & Mind。

 少し変わった見た目のコンサル。

 だが――

 仕事は、疑いようもなく本物だった。