大学の講義を終えた直後とは思えないほど、車内は静かだった。
神代和春はハンドルを握ったまま、ほとんど言葉を発しない。
助手席では天城愛華がタブレットを操作している。
「次の案件、水産加工工場です」
「ああ」
「主力は冷凍むきエビ。
IQF凍結ライン、自動計量器、自動包装機。
捕虫器や二重シートシャッターも導入済みです」
和春は小さく頷くだけだった。
設備の話が出た時点で、彼の中では結論が半分見えている。
問題は機械ではない。
――人だ。
■ 工場見学
食品用白衣と帽子を着用し、ラインへ入る。
入口付近、天井に設置された捕虫器が青白く光っている。
床は乾き、排水は完璧。
殺菌灯の配置も合理的だ。
IQF凍結ラインを流れるむきエビは均一だった。
自動計量器の振り分け精度も高い。
それでも。
和春の視線は、作業員の足元に落ちていた。
ほんの一瞬の“待ち”。
コンベヤが止まるほどではない。
だが積み重なると、ラインの温度を下げる。
「……現場、きついな」
ぽつりと出た言葉に、工場長が苦笑する。
「……はい。今の人数だと、これが限界です」
愛華が静かに補足する。
「動きが丁寧すぎますね。
異物対策の意識が高い分、慎重になっています」
和春は何も言わなかった。
ただ一度、捕虫器の光を見上げただけだった。
■ 戦略会議
会議室。
代表、工場長、営業部長、経理。
Boundary & Mindの二人が向かいに座る。
和春は資料を開かない。
「稼働率」
短い問い。
「84%です」
「歩留まり」
「112%」
ホワイトボードに数字が並ぶ。
84%。
112%。
ここで和春が、ふと顔を上げた。
「月間ベースで、解凍と凍結は?」
工場長が即答する。
「120トンです」
その瞬間、空気が変わった。
和春の視線が、少しだけ鋭くなる。
チョークが動く。
120トン
稼働率84%
歩留まり112%
経理が電卓を手に取る。
カタカタと音が響く。
その横で、和春は少しだけ考えた。
「……ライン、詰めれば人が倒れるな」
誰も否定しなかった。
「愛華」
「はい」
「知り合いの業者に連絡。
新しい添加物、現実的な歩留まり」
数分後。
「……128%です。継続可能とのこと」
会議室の空気が、静かに揺れた。
経理の電卓が忙しくなる。
和春はボードに書き足す。
歩留まり112 → 128
「差は16%」
指先で数字をなぞる。
「月120トンベースなら……」
数秒。
「……実質処理量、約19トン増」
経理が顔を上げる。
「……同じ数字です」
営業部長が小さく息を吐く。
代表は何も言えない。
和春は続けた。
「ここで間違えるな」
声は低いが、はっきりしていた。
「人を削る話じゃない」
ホワイトボードに、新しい矢印を書く。
歩留まり改善
↓
利益増
↓
人員追加
↓
ライン安定
↓
稼働率100%
「今の84%は、努力の結果だ。
これ以上は、壊れる」
愛華が静かに頷く。
「設備投資を回収するには、100%を目指す設計が必要ですね」
和春は代表を見る。
「人を入れろ」
短い一言。
だが、その言葉には迷いがなかった。
ここで愛華が冷凍むきえびのパックを受け取り、裏表示を確認する。
「代表。
添加物変更についてですが」
指先で表示をなぞる。
「アミノ酸等から無機塩等へ変わることはありません。
表示上も問題ありませんので、ご安心ください」
代表の肩から力が抜けた。
「……それが一番怖かった」
和春は軽く息を吐いた。
「数字は変えられる。
信用は変えられない」
捕虫器の光が、静かに揺れている。
冷たいラインの中で、
数字だけが少しずつ温度を取り戻していた。
神代和春はハンドルを握ったまま、ほとんど言葉を発しない。
助手席では天城愛華がタブレットを操作している。
「次の案件、水産加工工場です」
「ああ」
「主力は冷凍むきエビ。
IQF凍結ライン、自動計量器、自動包装機。
捕虫器や二重シートシャッターも導入済みです」
和春は小さく頷くだけだった。
設備の話が出た時点で、彼の中では結論が半分見えている。
問題は機械ではない。
――人だ。
■ 工場見学
食品用白衣と帽子を着用し、ラインへ入る。
入口付近、天井に設置された捕虫器が青白く光っている。
床は乾き、排水は完璧。
殺菌灯の配置も合理的だ。
IQF凍結ラインを流れるむきエビは均一だった。
自動計量器の振り分け精度も高い。
それでも。
和春の視線は、作業員の足元に落ちていた。
ほんの一瞬の“待ち”。
コンベヤが止まるほどではない。
だが積み重なると、ラインの温度を下げる。
「……現場、きついな」
ぽつりと出た言葉に、工場長が苦笑する。
「……はい。今の人数だと、これが限界です」
愛華が静かに補足する。
「動きが丁寧すぎますね。
異物対策の意識が高い分、慎重になっています」
和春は何も言わなかった。
ただ一度、捕虫器の光を見上げただけだった。
■ 戦略会議
会議室。
代表、工場長、営業部長、経理。
Boundary & Mindの二人が向かいに座る。
和春は資料を開かない。
「稼働率」
短い問い。
「84%です」
「歩留まり」
「112%」
ホワイトボードに数字が並ぶ。
84%。
112%。
ここで和春が、ふと顔を上げた。
「月間ベースで、解凍と凍結は?」
工場長が即答する。
「120トンです」
その瞬間、空気が変わった。
和春の視線が、少しだけ鋭くなる。
チョークが動く。
120トン
稼働率84%
歩留まり112%
経理が電卓を手に取る。
カタカタと音が響く。
その横で、和春は少しだけ考えた。
「……ライン、詰めれば人が倒れるな」
誰も否定しなかった。
「愛華」
「はい」
「知り合いの業者に連絡。
新しい添加物、現実的な歩留まり」
数分後。
「……128%です。継続可能とのこと」
会議室の空気が、静かに揺れた。
経理の電卓が忙しくなる。
和春はボードに書き足す。
歩留まり112 → 128
「差は16%」
指先で数字をなぞる。
「月120トンベースなら……」
数秒。
「……実質処理量、約19トン増」
経理が顔を上げる。
「……同じ数字です」
営業部長が小さく息を吐く。
代表は何も言えない。
和春は続けた。
「ここで間違えるな」
声は低いが、はっきりしていた。
「人を削る話じゃない」
ホワイトボードに、新しい矢印を書く。
歩留まり改善
↓
利益増
↓
人員追加
↓
ライン安定
↓
稼働率100%
「今の84%は、努力の結果だ。
これ以上は、壊れる」
愛華が静かに頷く。
「設備投資を回収するには、100%を目指す設計が必要ですね」
和春は代表を見る。
「人を入れろ」
短い一言。
だが、その言葉には迷いがなかった。
ここで愛華が冷凍むきえびのパックを受け取り、裏表示を確認する。
「代表。
添加物変更についてですが」
指先で表示をなぞる。
「アミノ酸等から無機塩等へ変わることはありません。
表示上も問題ありませんので、ご安心ください」
代表の肩から力が抜けた。
「……それが一番怖かった」
和春は軽く息を吐いた。
「数字は変えられる。
信用は変えられない」
捕虫器の光が、静かに揺れている。
冷たいラインの中で、
数字だけが少しずつ温度を取り戻していた。
