相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

夕方の光が、街を少しだけオレンジ色に染めていた。

 相沢瀬奈と別れたあと、神代和春と天城愛華は並んで歩いていた。

 スーパーの袋は予想以上に多い。

 両手が完全に塞がっている和春の横を、愛華が少しだけ歩幅を合わせて歩く。

「……持ちますよ」

「問題ない」

「問題あります」

「ない」

 短い押し問答。

 結局、和春が全部持ったままだった。

 その時。

 ポケットの中で、電子音が鳴る。

 会社用スマホの通知音。

「……和春」

「出れない」

 即答だった。

 両手いっぱいの荷物。

 どう考えても無理だ。

 愛華は小さく息を吐き、自然な動作で彼のジャケットのポケットに手を伸ばした。

 躊躇いはない。

 もう、当たり前の距離だった。

「対応しますね」

「ああ」

 画面を確認する。

 Boundary & Mindのクライアント専用回線。

 愛華はすぐに通話を繋いだ。

「はい、Boundary & Mind、天城です」

 声は仕事用の温度に切り替わる。

 冷静で、聞き取りやすく、安心感のある声。

 数秒、相手の話を聞く。

 そして。

「……大学での経営学講義、ですね」

 和春がちらりと横目で見る。

 愛華は続けた。

「はい、明後日。承りました。資料は事前共有をお願いします」

 通話が終わる。

 スマホをポケットへ戻しながら、愛華が小さく笑った。

「……タイムリーですね」

「大学か」

「はい。経営学の講義依頼です」

 和春が少しだけ肩を揺らした。

 笑ったのだ。

「最近、大学の案件多くねぇ?」

 軽い口調。

 愛華もくすっと笑う。

「教育者に向いてるのかもしれないですね」

 その言葉は冗談のようで、本気だった。

 愛華は知っている。

 今日のカフェでもそうだった。

 和春は、人に考えさせるのが上手い。

 押し付けない。

 でも、気づかせる。

 それは才能だと、彼女は思っていた。

 歩きながら、愛華はタブレットを取り出す。

「……大学講義は明後日です」

「ああ」

「その前に」

 少し間を置いて、淡々と続ける。

「企業コンサル業務が七件ほどありますので、お忘れなく」

 和春が小さく息を吐いた。

「……増えてるな」

「増えました」

 さらっと言う。

 だがスケジュールは完璧に整理されている。

 移動時間、準備時間、休憩。

 すべてが無駄なく配置されていた。

「明日は午前に二件。午後に三件。夜は資料整理だけにしています」

「助かる」

「当然です」

 即答だった。

 少しだけ誇らしげに、愛華が続ける。

「相方兼メイドなので」

 夕焼けの光が、彼女の横顔を照らす。

 その言葉に、和春が小さく笑った。

「……頼りすぎてるな、俺」

「いいえ」

 愛華は首を横に振る。

「分業です。一人では成立しない仕事ですから」

 ほんの少しだけ、声が柔らかかった。

 荷物を持つ和春の歩幅が、自然とゆっくりになる。

 隣にいる愛華の速度に合わせるように。

 Boundary & Mind。

 境界線を守りながら進む二人。

 けれど今は――

 同じ方向を見て歩いていることが、何より自然だった。

 そして。

 大学講義という新しい舞台が、静かに近づいていた。