天城グループ本社。
社長室。
愛華との電話を切った剛玄はしばらくスマートフォンを眺めていた。
「……結婚を前提、か」
口元が僅かに上がる。
娘が自分で選んだ男。
神代和春資料だけなら文句のつけようがない。
学歴。
資格。
知識。
実績。
人脈。
そして異常なまでの問題解決能力。
だが剛玄が最も興味を持ったのはそんな肩書きではなかった。
「……面白い男だ」
巨大企業。
天城グループを率いてきた剛玄はこれまで数え切れないほどの優秀な人間を見てきた。
頭のいい人間。
金を稼ぐ人間。
交渉の上手い人間。
未来を読む人間。
それぞれいくらでもいた。
だが神代和春は少し違う。何でも引き受ける。
企業案件だけではない。
個人相談。
福祉。
不動産。
経営。
心理。
法律。
必要なら専門外という言葉すら平然と踏み越えていく。
そして相手へ答えを押しつけるのではなく。
選択肢を増やす。
その上で本人に選ばせる。
「Boundary & Mind……」
剛玄はその会社名を口にする。
まだ規模だけを見れば天城グループとは比較にもならない。
だが会社というものは今の大きさだけで価値が決まるわけではない。
誰が動かしているか。
何を持っているか。
そしてどこまで伸びる可能性があるか。
剛玄はそれを見る。
「さて」
机の引き出しを開ける。
その奥一つのファイルを取り出した。
かなり分厚い。表紙には天城グループ所有物件の管理番号。
剛玄はファイルを開く。
一枚目。
大型ビル。
写真。
所在地。
土地面積。
延床面積。
各階の図面。
設備。
資産評価。
周辺環境。
交通。
全てがまとめられている。
最近大規模な改修を終えたばかり。
内装。
外装。
空調。
電気設備。
給排水。
通信設備。
防災。
ほぼ全面的に手を入れている。
古いビルをただ綺麗にした程度ではない。
これから先長期間使えるよう。
相当な金をかけて再生した物件だった。
そして何より大きい。
かなり大きい。
規模だけなら天城グループ本社ビルにも。
ほとんど見劣りしない。
剛玄は図面を眺める。
「……。」
使い方はいくらでもある。
そのまま売却する。
貸し出す。
テナントを入れる。
一部を自社利用。
一部を賃貸。
新規事業の拠点。
研究施設。
オフィス。
複合施設。
あるいは。
まったく別の使い方。
経営者によって。
この建物の価値は。
大きく変わる。
剛玄は指で資料を軽く叩いた。
「これでいいか」
実は以前から使い道を考えていた物件だった。
売却してもいい。
貸してもいい。
天城グループで新しい事業を始めてもいい。
どの選択でも十分な利益は見込める。
だがふと思った。
――神代和春なら。
これをどう使う?
その瞬間剛玄の中で。
ただの所有物件だったビルの価値が別のものへ変わった。
「……くく」
面白い。
非常に面白い。
剛玄は既に決めていた。
このビルを和春へ譲る。
金が目的ではない。
愛華との結婚祝い。
それも少し違う。
将来義理の息子になるかもしれない。
そんなものは剛玄にとって今回に限ってはおまけだった。
「将来の息子、か」
剛玄が鼻で笑う。
「そんな理由だけで、これほどの物件を渡すか」
剛玄が見たいのは神代和春という男。
そのものこの巨大な資産を目の前に置く、そして選ばせる。
売るか。
貸すか。
使うか。
事業を起こすか。
それとも受け取らないか。
和春ならどんな価値を見つける。
どんな未来を描く。
何人の人間を動かしどれだけの利益を作る。
そしてその利益を何に使う。
「歩く専門書」
資料に記された。
和春の異名。
剛玄はそんなものをそのまま信用するほど甘くない。
知識がある。
資格がある。
頭がいい。
そんなものは経営者として成功する保証にはならない。
巨大な資産を渡された時に人間の本質が出る。
金へ変えるのか。
守るのか。
増やすのか。
価値を作るのか。
それとも欲に呑まれるのか。
剛玄は別の資料を取り出す。
そして不動産価値。
維持費。
税。
改修費。
周辺地域の将来計画。
天城グループ内で検討されていた活用案。
それらを机へ並べる。
「ただし」
剛玄の口元がゆっくり大きく上がった。
「タダではやらん」
金を取るという意味ではない。
簡単にプレゼントするつもりがない。
神代和春のその実力。
考え方。
覚悟。
全部。
見せてもらう。
そして剛玄自身が納得した時に初めて、このビルを和春へ渡す。
椅子へ深く腰掛ける。
「さて。、神代和春お前なら」
机の上。
巨大ビルの資料。
「これをどうする?」
まだ本人は何も知らない結婚の挨拶へ行くだけだとそう思っているだろう。
剛玄の笑みがさらに深くなる。
「期待しているぞ」
そして最後に低い声で付け加えた。
「期待外れなら……」
少し間。
「娘は返してもらうがな」
ククク――。
やがて社長室に魔王のような笑い声が響いた。
その瞬間。
秘書室。
剛玄の長年の秘書が社長室の扉を見る。
「……」
嫌な予感しかしなかった。
あの社長があんな笑い方をする時は大抵。ろくでもないことを思いついた時である。
一方。
何も知らない和春は自宅兼事務所で天城家へ持っていく菓子折りを真剣に選んでいた。
巨大ビルを巡る。
天城剛玄からの試験が待っているなど知る由もなかった。
社長室。
愛華との電話を切った剛玄はしばらくスマートフォンを眺めていた。
「……結婚を前提、か」
口元が僅かに上がる。
娘が自分で選んだ男。
神代和春資料だけなら文句のつけようがない。
学歴。
資格。
知識。
実績。
人脈。
そして異常なまでの問題解決能力。
だが剛玄が最も興味を持ったのはそんな肩書きではなかった。
「……面白い男だ」
巨大企業。
天城グループを率いてきた剛玄はこれまで数え切れないほどの優秀な人間を見てきた。
頭のいい人間。
金を稼ぐ人間。
交渉の上手い人間。
未来を読む人間。
それぞれいくらでもいた。
だが神代和春は少し違う。何でも引き受ける。
企業案件だけではない。
個人相談。
福祉。
不動産。
経営。
心理。
法律。
必要なら専門外という言葉すら平然と踏み越えていく。
そして相手へ答えを押しつけるのではなく。
選択肢を増やす。
その上で本人に選ばせる。
「Boundary & Mind……」
剛玄はその会社名を口にする。
まだ規模だけを見れば天城グループとは比較にもならない。
だが会社というものは今の大きさだけで価値が決まるわけではない。
誰が動かしているか。
何を持っているか。
そしてどこまで伸びる可能性があるか。
剛玄はそれを見る。
「さて」
机の引き出しを開ける。
その奥一つのファイルを取り出した。
かなり分厚い。表紙には天城グループ所有物件の管理番号。
剛玄はファイルを開く。
一枚目。
大型ビル。
写真。
所在地。
土地面積。
延床面積。
各階の図面。
設備。
資産評価。
周辺環境。
交通。
全てがまとめられている。
最近大規模な改修を終えたばかり。
内装。
外装。
空調。
電気設備。
給排水。
通信設備。
防災。
ほぼ全面的に手を入れている。
古いビルをただ綺麗にした程度ではない。
これから先長期間使えるよう。
相当な金をかけて再生した物件だった。
そして何より大きい。
かなり大きい。
規模だけなら天城グループ本社ビルにも。
ほとんど見劣りしない。
剛玄は図面を眺める。
「……。」
使い方はいくらでもある。
そのまま売却する。
貸し出す。
テナントを入れる。
一部を自社利用。
一部を賃貸。
新規事業の拠点。
研究施設。
オフィス。
複合施設。
あるいは。
まったく別の使い方。
経営者によって。
この建物の価値は。
大きく変わる。
剛玄は指で資料を軽く叩いた。
「これでいいか」
実は以前から使い道を考えていた物件だった。
売却してもいい。
貸してもいい。
天城グループで新しい事業を始めてもいい。
どの選択でも十分な利益は見込める。
だがふと思った。
――神代和春なら。
これをどう使う?
その瞬間剛玄の中で。
ただの所有物件だったビルの価値が別のものへ変わった。
「……くく」
面白い。
非常に面白い。
剛玄は既に決めていた。
このビルを和春へ譲る。
金が目的ではない。
愛華との結婚祝い。
それも少し違う。
将来義理の息子になるかもしれない。
そんなものは剛玄にとって今回に限ってはおまけだった。
「将来の息子、か」
剛玄が鼻で笑う。
「そんな理由だけで、これほどの物件を渡すか」
剛玄が見たいのは神代和春という男。
そのものこの巨大な資産を目の前に置く、そして選ばせる。
売るか。
貸すか。
使うか。
事業を起こすか。
それとも受け取らないか。
和春ならどんな価値を見つける。
どんな未来を描く。
何人の人間を動かしどれだけの利益を作る。
そしてその利益を何に使う。
「歩く専門書」
資料に記された。
和春の異名。
剛玄はそんなものをそのまま信用するほど甘くない。
知識がある。
資格がある。
頭がいい。
そんなものは経営者として成功する保証にはならない。
巨大な資産を渡された時に人間の本質が出る。
金へ変えるのか。
守るのか。
増やすのか。
価値を作るのか。
それとも欲に呑まれるのか。
剛玄は別の資料を取り出す。
そして不動産価値。
維持費。
税。
改修費。
周辺地域の将来計画。
天城グループ内で検討されていた活用案。
それらを机へ並べる。
「ただし」
剛玄の口元がゆっくり大きく上がった。
「タダではやらん」
金を取るという意味ではない。
簡単にプレゼントするつもりがない。
神代和春のその実力。
考え方。
覚悟。
全部。
見せてもらう。
そして剛玄自身が納得した時に初めて、このビルを和春へ渡す。
椅子へ深く腰掛ける。
「さて。、神代和春お前なら」
机の上。
巨大ビルの資料。
「これをどうする?」
まだ本人は何も知らない結婚の挨拶へ行くだけだとそう思っているだろう。
剛玄の笑みがさらに深くなる。
「期待しているぞ」
そして最後に低い声で付け加えた。
「期待外れなら……」
少し間。
「娘は返してもらうがな」
ククク――。
やがて社長室に魔王のような笑い声が響いた。
その瞬間。
秘書室。
剛玄の長年の秘書が社長室の扉を見る。
「……」
嫌な予感しかしなかった。
あの社長があんな笑い方をする時は大抵。ろくでもないことを思いついた時である。
一方。
何も知らない和春は自宅兼事務所で天城家へ持っていく菓子折りを真剣に選んでいた。
巨大ビルを巡る。
天城剛玄からの試験が待っているなど知る由もなかった。

