Boundary & Mind     心の境界線

和春が一度割って入ったことで少なくとも店中に響いていた声量は落ちた。

三人は席につき。

ようやく。

まともに話し始めている。

和春も。それ以上は関わらなかった。

「終わり」

自分の席へ戻る。

愛華が呆れた顔で見る。

「お疲れ様です」

「疲れてねぇよ」

「休日まで他人の恋愛相談ですか?」

「相談受けてない」

「選択肢まで並べていましたが」

「うるさかったから黙らせただけ」

和春は少し冷めたエッグベネディクトを食べる。

「……冷めた」

「自分から行ったんでしょう」

「だから余計腹立つ」

愛華は紅茶を飲みながら小さく笑った。

その間にも隣では話し合いが続いていた。

⸻

「じゃあ」

最初から男と一緒に来ていた女性が言う。

「私と付き合い始めたの、いつ?」

男が答える。

「……去年の十月」

もう一人の女性が目を細くする。

「私、去年の六月」

「……」

「…………」

男が黙る。

二人の女性が同時に男を見る。

「完全に被ってるじゃん」

「そうですね」

先ほどまで互いに「その女は誰?」という視線を向けていた二人。

だが事実関係が整理されるほど敵意の向きが変わっていく。

「待って」

一人がスマートフォンを出す。

「去年のクリスマス仕事だから会えないって言われたんだけど」

もう一人が止まる。

「……私といました」

「は?」

「二十四日の夜」

「…………」

男が目を逸らす。

「お正月は?実家に帰るって」

「私には仕事って言ってました」

「……」

二人の女性。

沈黙。

そして顔を見合わせる。

「最低じゃない?」

「最低ですね」

初めて完全に意見が一致した。

⸻

和春はコーヒーを飲みながら横目で見る。

「……」

愛華も気付く。

「なんだか」

「ん?」

「女性同士の方が話が合い始めましたね」

「共通の問題が見つかったからな」

「問題‥‥」

愛華が男を見る。

「本人ですね」

「そういうこと」

もはや男は話し合いの中心ですらなくなりつつあった。

⸻

「そういえば!」

女性の一人が言う。

「この前も急に予定キャンセルされた!」

「いつです?」

「二月十七日!」

もう一人の女性が固まる。

「……私の誕生日です」

「うわ」

「え」

「最悪」

男が慌てる。

「いや、だからそれは――」

二人同時。

「ちょっと黙ってて」

「……」

男は完全に蚊帳の外。

そして友人と一緒に来ていた方の女性。

その友人もいつの間にか隣の席から参加していた。

男はどんどん小さくなる。

和春が思わず呟く。

愛華が見る。

「何です?」

「あいつ今までよくバレなかったな」

「そこに感心しないでください」

⸻

さらに十分後。

状況は。

完全に変わっていた。

「ちなみに、何が好きだったんです?」

「最初は優しかったんですよ」

「分かる!」

「連絡もマメで」

「分かります!」

「でも途中から既読遅くなって」

「それ私と付き合い始めた頃じゃないですか?」

「あー!」

「最悪!」

「ていうか」

友人が言う。

「二人とも好み似てない?」

「え?」

「旅行好きでしょ?」

「好き」

「私も」

「カフェ巡りは?」

「めっちゃ好き」

「私も!」

「……」

二人が顔を見合わせる。

「あれ?」

「普通に話合いますね」

「ね」

もう笑っている。

男が恐る恐る口を挟む。

「あのさ……」

三人が見る。

「何?」

「いや……」

男は何か言おうとしたが。

言葉が出ない。

その間に一人が言った。

「私、別れる」

もう一人も。

「あ、私もです」

「……」

あまりにも。

あっさり。

男が固まる。

「え?」

「無理」

「私も無理で。」

「いや待って」

「何を?」

「ちゃんと話し合おう」

女性二人が顔を見合わせる。

そして一人が言った。

「今しましたよ?」

もう一人も頷く。

「かなり詳しく」

友人が追撃する。

「あなた抜きで」

「……」

和春はコーヒーカップで口元を隠した。

愛華が気付く。

「今、笑いました?」

「笑ってない」

「絶対笑いました」

「気のせい」

⸻

そしてさらに数分。

「この後どうする?」

友人が聞く。

一人が答える。

「せっかくだし買い物行かない?」

もう一人が

「私も行っていいですか?」

「もちろん!」

「じゃあ三人で行こ」

「行きましょう!」

「近くに気になってた店あるんだけど」

「私も見たい!」

完全に予定まで決まり始めた。

男は呆然としている。

「……俺は?」

三人。

一瞬。

男を見る。

「…………」 

「…………」

「…………」

一人が首を傾げる。

「帰れば?」

「……」

終了。

⸻

三人の女性が立ち上がる。

そのまま。店を出ようとして途中。

和春たちの席の前で止まった。

最初に男と一緒にいた女性が頭を下げる。

「さっき、ありがとうございました。」

もう一人も。

「私も大声出してすみませんでした」

友人も笑う。

「おかげでなんか全部解決しました」

和春はコーヒーを飲みながら。

「俺ほとんど何もしてないぞ」

「でも」

一人が笑う。

「一回落ち着けたので」

もう一人も。

「ちゃんと話したら色々分かりました」

和春は頷く。

「ならいいんじゃね」

三人はもう一度頭を下げる。

「ありがとうございました」

「では」

「行こ!」

「どこから行く?」

「さっき言ってた店!」

楽しそうに。

三人でカフェを出ていった。

さっきまで修羅場だったとは思えない。

残された男。

一人。

「……」

完全に置き去り。

和春は男を見る。

男もなぜか和春を見る。

「……」

「……」

数秒。

男が呟く。

「俺……どうすればいいんだろ」

和春は即答した。

「知らん」

「……」

「自業自得だろ」

それだけ。

愛華が紅茶を飲む。

「珍しく冷たいですね」

「二股した結果、二人とも失っただけだろ」

「因果関係が非常に分かりやすいですね」

「だろ」

和春はようやく。静かになった店内でコーヒーを飲む。

「……やっと静かになった。」

愛華がくすっと笑う。

「ですが」

「ん?」

「女性三人随分楽しそうでしたね」

「男一人失って友達二人増えたならプラスだろ」

愛華が少し考える。

「確かに」

和春は残っていたコーヒーを飲む。

「だから恋愛なんて面倒なんだよ」

何気なく。

本当に何気なく。

そう言った。

愛華は紅茶を飲みながら。

「そうですね」

こちらも何気なく返した。

――数時間後。

その面倒な恋愛に自分から一歩踏み込もうとしている男の発言とは愛華はまだ知る由もなかった。