相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

海沿いのカフェ。

駐車場に車を停め。

二人は店内へ入った。

「……懐かしいな」

和春が店内を見回す。

多少。

内装は変わっている。

椅子やテーブルも新しくなった。

メニューも増えている。

だが大きな窓から見える海はあの頃と変わらない。

「そうですね」

愛華も少し懐かしそうに店内を見る。

案内されたのは窓際の席。

奇しくも昔二人が話した場所に近かった。

注文を済ませる。

和春はブラックコーヒー。

それとエッグベネディクト。

愛華は紅茶とサンドウィッチ。

しばらくして料理が運ばれてくる。

「いただきます」

「いただきます」

特に何かをするわけでもない。

仕事の資料もない。

ノートパソコンも開かない。

電話も今日は緊急以外出ない。

海を眺め。

飯を食う。

たまにどうでもいい話をする。

それだけ和春にとってはかなり珍しい時間だった。

「……うまいな」

「エッグベネディクトですか?」

「ああ」

「家で作りましょうか?」

「作れる?」

「作れますよ」

「じゃあ今度頼む」

「分かりました」

会話もそれだけ。

だが不思議と退屈ではない。

むしろ心地いい。

和春はコーヒーを飲む。

仕事をしていない。

誰かの相談にも乗っていない。

問題も考えていない。

ただ愛華が目の前にいる。

それだけだった。



愛華は紅茶のカップを置く。

「和春」

「ん?」

「一つ聞いても?」

「なんだ?」

「どうして今日はここなんです?」

和春が愛華を見る。

「ここ?」

「はい。わざわざ仕事を全部終わらせて」

愛華の視線が少し厳しくなる。

「徹夜までして」

「ちゃんとあとから三時間寝た」

「そこを正当化しないでください。」

「はいはい」

愛華は続ける。

「そして」

窓の外。

海を見る。

「わざわざここまで来た」

和春は少し考える。

「なんとなく」

「なんとなく?」

「ああ」

愛華は和春を見る。

嘘をついている感じではない。

ただ何か少しだけ変わった。

先日和春は自分の過去を話してくれた。

中学時代の友人。

自殺。

自分を責め続けたこと。

出会った謎の姉妹。

そして現在の和春の心理学へ繋がる言葉。

さらに十年以上経って渡された手紙。

あの日から何か心境の変化があったのだろう。

愛華はそう思った。

だから昔を思い出したくなった。

自分の原点を振り返りたくなった。

その中に愛華との出会いもあった。

そういうことなのだろう。

まさか自分へ告白するために今日という日を空けたなどとは微塵も思っていない。

そして和春自身もここで告白するつもりはなかった。

今日は自然に過ごす。

それだけ。

何時に言う。

どこで言う。

そんな予定も決めていない。

変に気張れば自分らしくなくなる。

だから今はただ懐かしかった。

和春は店内を見る。

「あの時も」

「お前、紅茶だったっけ」

愛華が少し考える。

「そうだったと思います」

「俺はコーヒー」

「それは覚えています」

「なんで」

「ブラックで飲んでいたので」

愛華が少し笑う。

「少し格好つけているのかと思いました」

「お前マジで俺の第一印象酷いな」

「専門書を何冊も広げてブラックコーヒーですよ?」

「普通だろ」

「普通ではありません」

「お前の髪の色も普通じゃないだろ」

「生まれつきです」

「知ってる」

そんなどうでもいい会話。

二人とも。

少し笑う。

穏やかだった。

珍しく。

本当に穏やかな休日――

だった。

「だからさ!!」

突然。

店内に大きな声が響いた。

和春の手が止まった。

「……」

愛華もゆっくり声の方向を見る。

若い男女。

いや。

女が二人。

男が一人。

「どういうこと!?」

「違うって!」

「何が違うの!?」

一人の女性は。

男と一緒にカフェへ来ていたらしい。

もう一人は友人と偶然来店。

そして男を見つけた。

どうやら話を聞く限り。

両方。

彼女。

「……」

和春はエッグベネディクトを一口食べる。

無視。

愛華も紅茶を飲む。

「私と付き合ってるって言ったよね!?」

「ちょっと待てって!」

「じゃあその女誰よ!」

「私が聞きたいんだけど!」

「落ち着けって!」

「落ち着けるわけないでしょ!」

店内。

完全に注目の的。

スタッフも困っている。

周囲の客もちらちら見ている。

和春はコーヒーを飲む。

「……」

無視。

普段なら本当に放っておく。

恋人同士の二股。

そんなもの当人たちで勝手に話せばいい。

暴力沙汰にならない限り介入する理由などない。

だが今日は珍しく和春はのんびりしたかった。

仕事も片付けた。

愛華と昔来たカフェに来た。

海を見ながら飯を食ってコーヒーを飲む。

そんな何でもない時間を少し楽しんでいた。

「だから待てって!」

「待てじゃない!」

「俺にも事情が――」

「事情って何よ!」

和春の眉間に僅かに皺が寄る。

愛華がそれに気付いた。

「……」

珍しい。和春が明らかに不機嫌になっている。

「うるせぇな……」

ぼそっ。

愛華が聞く。

「和春」

「なんだよ」

「放っておきましょう」

「分かってる」

「当人同士の問題で」

「分かってるって」

「では」

「……」

また。

「ふざけないで!!」

大声。

和春が。

フォークを置いた。

カチャ。

愛華が嫌な予感を覚える。

「和春」

「……」

「和春?」

「めんどくせぇ……」

立ち上がった。

愛華が目を閉じる。

「……なぜ行くんですか」

「うるせぇから」

「店員さんに任せればいいでしょう」

「もう困ってんじゃん」

「だからといって、あなたが行く必要は――」

和春はもう歩き出している。

愛華は深く、深くため息をついた。

「……」

休日。

仕事なし。

海の見えるカフェ。

懐かしい場所。

久しぶりののんびりした時間。

そのはずだった。なのにどうしてこの男の周りでは毎回こうなるのだろう。



「おい」

突然。

知らない男から声をかけられ。

三人が止まる。

二人の女性も。

男も和春を見る。

「……誰?」

和春はものすごく面倒そうな顔で言った。

「静かに飯食いたかった客」

「……は?」

「とりあえず」

和春は三人を見る。

「三人とも一回黙れ」

男が眉を寄せる。

「いや、関係ないだろ」

「そうだな」

即答。

「関係ない」

「じゃあ――」

「でも」

和春が店内を見る。

「ここ、お前らの家じゃない」

男が黙る。

「他の客いる。店員も困ってる。話し合うなら声落とせ。無理なら外行け」

至極。

普通の話だった。

女性の一人が。

少し冷静になる。

「……すみません」

もう一人も周囲の視線に気付く。

「……ごめんなさい」

男だけが少し不満そうだった。

「でもこいつらが勝手に――」

「お前」

和春が遮る。

「二股してたんだろ」

「……」

「そこ否定できる?」

「いや、それは……」

「じゃあ今一番余計なこと言う立場お前だから黙っとけ」

「……」

遠くの席。

愛華は額に手を当てた。

(……結局。)

関わっている。

しかも完全に面倒そうな顔をしながら。

和春はそのまま三人へ言う。

「で、別れる。続ける。両方別れる。事実関係確認してから決める。選択肢なんて大体その辺だろ」

女性二人が。

和春を見る。

「感情ぶつけ合うのは好きにすればいい。でも‥」

和春は海が見える窓際自分の席を指差す。

「俺のエッグベネディクトが冷める前に終わらせてくれ」

一瞬。

沈黙。

近くの客が。

思わず吹き出した。

女性の一人も。

怒っていたはずなのに。

僅かに口元が緩む。

張り詰めていた空気がほんの少しだけ。

変わった。

愛華はそれを見ながら。

紅茶を一口飲む。

「……本当に」

小さく呟く。

「休日までコンサルしなくていいんですよ」

そして自分の向かいに置かれた。

まだ半分残っている和春のコーヒーを見る。

少しだけ笑った。

結局、こういう男なのだ。

仕事だからではない。

肩書きがあるからでもない。

問題が目に入って。

必要だと思えば文句を言いながら。

結局は選択肢を並べに行く。

愛華は頬杖をつく。

(……まあ)

これもいつもの和春ですね。

せっかくの休日なのに。

そう思いながらも愛華の表情はどこか楽しそうだった。