相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

高校での心理学講義。

愛華は電話で確認した内容をパソコンへ入力し、スケジュールへ正式に追加していく。

麗華はそんな二人を黙って見ていた。

神代和春。

父から渡された調査資料だけでも、普通ではないことは十分理解した。

そして今日、実際に話してみて分かったこともある。

この男は――資料に書かれている以上に掴みにくい。

知識がある。

頭も切れる。

だが、それだけではない。

愛華がなぜこの男の隣にいるのか。

まだ完全には理解できなかった。

ただ。

先ほどの電話。

愛華は何の相談もなく依頼内容を整理し、必要事項を確認した。

和春も細かく確認することなく、愛華から要点だけ聞いて即座に判断した。

お互いに、それを当然のようにやっている。

麗華は少し考えた。

そして

「ねえ」

愛華が顔を上げる。

「なんですか?」

麗華は何でもないことのように言った。

「その講義、私も見学させてもらっていいかしら?」

「…………」

愛華の表情が止まった。

数秒。

露骨だった。

本当に露骨だった。

眉が僅かに寄り。

口元から笑みが消える。

そして紅い瞳が、

――本気ですか?

と語っていた。

「……姉さん」

「何?」

「お仕事は?」

「調整するわ」

「次期社長ですよね?」

「だから?」

「お忙しいのでは?」

「一日くらい空けられる」

「天城グループの次期社長が高校の心理学講義を見学する必要がありますか?」

「あるわ」

「どこにです?」

「私が必要だと思ったところに」

愛華の眉間に僅かに皺が寄る。

「……」

「……」

姉妹の視線がぶつかる。

和春はその横でコーヒーを飲んでいた。

明らかに面倒そうな空気。

だが。

麗華は和春を見る。

「神代さん」

「ん?」

「構わないかしら?」

和春はほとんど考えなかった。

「好きにしろ」

愛華が勢いよく横を見る。

「和春?」

「ん?」

「今、私が断ろうとしていたの分かりませんでした?」

「分かってた」

「でしたら、なぜ許可するんですか?」

「見たいって言ってんだから見ればいいだろ」

「……」

愛華は珍しく、和春を少し睨んだ。

麗華が口元を緩める。

「神代さんから許可はいただいたわ」

「姉さん」

「何?」

「楽しそうですね」

「ええ。少し」

愛華は深いため息をついた。

「……分かりました」
 
諦めたらしい。

麗華は満足そうに紅茶を飲む。

だが、これは単なる妹への興味ではなかった。

麗華には確かめたいことがあった。

父から見せられた経歴。

歩く専門書。

化け物。

どんな分野でも異常な結果を出すコンサルタント。

そして――

自分の妹が天城グループへ戻ることを拒否してまで選んだ仕事。

愛華は言った。

『私はコンサルタントです』

『和春と一緒に企業や人の選択肢を広げていきます』

ならば。

見てみたい。

この二人が実際にどう仕事をするのか。

そして――

なぜ愛華がここまで神代和春を信頼しているのか。

麗華は和春を見る。

「ちなみに」

「ん?」

「講義資料はもう考えているの?」

「大体」

麗華が目を瞬く。

「さっき依頼を受けたばかりでしょう?」

「だから何だよ」

「……」

愛華が平然と補足する。

「和春の場合、テーマが決まれば頭の中では大体組み上がります」

「後は資料に落とすだけです」

麗華は妹を見る。

「あなた、それを普通のことみたいに言うのね」

「慣れましたので」

和春はコーヒーを飲みながら呟く。

「高校生相手なら資料もそんなにいらん」

麗華が尋ねる。

「どうして?」

「資料読ませるために行くんじゃない」

和春は当たり前のように答える。

「考えさせるために行く」

麗華の表情が僅かに変わった。

「心理学を教えるんでしょう?」

「教える。でも知識だけ持って帰らせても意味ない」

和春はテーブルへカップを置く。

「心理学を使って、自分で考える経験をさせる」

愛華はもう内容が分かったのか、小さく笑っていた。

麗華はその表情を見逃さない。

「愛華」

「はい?」

「あなた、もう神代さんが何をするか分かってるの?」

「おおよそは‥」

「本人から何も聞いてないでしょう?」

「長く一緒に仕事をしていますから」

さらりと言った。

和春も否定しない。

麗華は二人を交互に見る。

まただ。

言葉にしていないのに通じている。

仕事でも。

日常でも。

おそらく、本人たちが思っている以上に。

麗華は小さく笑った。

「……ますます見てみたくなったわ」

愛華は心底嫌そうな顔をする。

「来なくていいですよ」

「行くわ」

「姉さん」

「もう神代さんから許可をもらったもの」

「和春」

「俺に振るな」

「あなたが許可したんでしょう!」

珍しく愛華の声が少し大きくなった。

麗華はそんな妹を見て。

ほんの少しだけ驚いていた。

天城家にいた頃の愛華は。

こんな表情をする娘だっただろうか。

呆れて。

怒って。

笑って。

遠慮なく隣の男へ文句を言う。

そして、その男も当然のように受け止める。

麗華は紅茶を飲みながら思う。

講義で確認したいものが。

また一つ増えた。

神代和春という男だけではない。

この場所で働いている時の――

妹の姿そのものを。