相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる


天城グループ本社――最上階。

巨大な窓から街を見下ろす社長室。

重厚なデスクの向こうには、天城グループ現社長――天城剛玄が座っていた。

その正面には、娘の天城麗華。

赤い髪に紅の瞳。

今日も一分の隙もないスーツ姿だった。

「麗華」

「はい」

剛玄は手元の書類から目を上げた。

「愛華と一緒にいる男」

麗華の眉がわずかに動く。

「神代和春のことですか?」

「そうだ」

剛玄は椅子へ深く腰掛ける。

「お前はどう思う」

麗華は少し考えたものの、答えは決まっていた。

「ただの町のコンサルです」

剛玄の眉が動く。

「ほう」

「仕事はできるのでしょう。最近、名前も聞きます。ですが所詮は個人に近い規模で仕事をしているコンサルタントです」

麗華は淡々と言った。

「たかが知れています」

「……」

剛玄は何も言わない。

ただ娘を見つめていた。

その沈黙が気になり、麗華が眉を寄せる。

「なんですか」

「お前」

剛玄は深いため息をついた。

「次期社長を名乗るなら、人を見る前に調べろ」

「……?」

「俺は調べた」

デスクの引き出しを開ける。

そこから出てきたのは、かなり厚い資料だった。

ドン。

麗華の前へ置かれる。

「探偵を使った」

麗華の表情が僅かに険しくなる。

「愛華を調べたんですか?」

「違う」

剛玄は即答する。

「神代和春だ」

「……」

「愛華が自分から家を出て、隣にいる男だ。親としても、経営者としても調べない方がおかしい」

麗華は資料を手に取った。

「それで?」

「読め」

麗華が一ページ目を開く。

そして――

数秒で、その目つきが変わった。

「……何、これ」



神代 和春。

十七歳。

高校中退。

そこまでは珍しくもない。

だが、その直後がおかしい。

「海外……?」

日本の高校を中退後、海外へ渡航。

現地大学へ進学。

しかも通常の学生とは異なる速度で単位を取得し続け――

飛び級。

複数分野を横断して学び、

二十歳になる年には大学を卒業。

麗華の指が止まる。

「……三年?」

剛玄は何も答えない。

「続き読め」

麗華はページをめくった。

そこから先は、さらに異常だった。

公認会計士。

社会福祉士。

精神保健福祉士。

コンサル業務に必要になる知識を補完するように、資格を次々と取得。

経営。

会計。

福祉。

心理。

法律。

まるで自分の中に巨大な地図があり、その空白を埋めるように学習領域を広げている。

「……」

麗華の表情から余裕が消えていく。

さらにページをめくる。

二十三歳。

司法試験予備試験合格。

「予備試験まで……」

「そうだ」

剛玄が初めて口を挟んだ。

「法科大学院ルートじゃない。自分で法律を積み上げて予備試験を抜いた」

麗華は無言で次を見る。

二十四歳。

二十五歳。

二十六歳。

この三年間に記されていたのは、Boundary & Mindの実績だった。

経営不振企業。

飲食。

製造。

不動産。

福祉。

芸能。

観光。

小売。

個人相談。

業種に一貫性がない。

にもかかわらず――

結果だけは異様なほど安定している。

赤字改善。

業務効率化。

離職率改善。

新規事業。

事業再生。

トラブル対応。

そして業界内で付けられた異名。

――歩く専門書。

――化け物。

麗華の手が止まった。

「……化け物?」

剛玄が鼻で笑う。

「随分な呼ばれ方だ。だが、調べれば調べるほど意味が分かった」

そして最後。

二十七歳。

司法試験本試験受験。

合格。

「…………」

麗華は完全に黙った。

それだけではない。

ページをめくる。

語学。

英語。

中国語。

韓国語。

フランス語。

ドイツ語。

スペイン語。

ロシア語。

さらに複数言語。

実務レベルを含めれば、十か国語以上。

「十……?」

麗華が思わず呟く。

さらに。

心理学。

経済学。

経営学。

会計。

法律。

福祉制度。

統計。

労務。

金融。

そして専門家そのものではない領域まで含めた医学知識。

資格についても、必要性を感じたものは次々取得している。

麗華はページをめくる速度を落とした。

読むほどに意味が分からなくなってくる。

そして最後の方。

家族構成。

実家――実戦合気道の道場。

本人も幼少期から鍛錬。

麗華は資料を閉じた。

「…………」

社長室が静まり返る。

剛玄が聞く。

「どうした」

麗華は答えない。

「さっきまで随分威勢が良かったじゃないか」

「……」

剛玄はわざと娘の言葉を繰り返す。

「ただの町のコンサル。仕事はできても、たかが知れている」

麗華が父親を睨む。

「……意地が悪いですよ」

「事実を見せただけだ」

剛玄は資料へ視線を落とす。

「俺も最初は疑った。経歴を盛っているんじゃないかとな。だから裏を取らせた」

麗華が顔を上げる。

「……結果は?」
「ほぼ全部事実だ」

麗華は再び資料を見る。

剛玄の声が低くなる。

「むしろ表に出ていない実績が多すぎる。守秘義務がある仕事だからな。追えない案件もかなりあったそうだ」

麗華は言葉を失う。

「それに」

剛玄は腕を組んだ。

「俺が一番評価したのは資格の数じゃない」

麗華が父を見る。

「使えていることだ」

剛玄は資料を指で叩く。

「資格なんぞ持ってるだけなら紙切れだ。だが、この男は違う。会計が必要なら会計を使う。心理が必要なら心理を使う。福祉が必要なら制度を使う。法律が必要なら法律を使う。そして全部を一つの案件の中で繋げる」

麗華の頭に、BARでの和春が浮かぶ。

自分が挑発した時も。

怒らなかった。

言い返さなかった。

ただ――

『ここは落ち着いて酒を楽しむ場所だ』

『口喧嘩したいなら場所を提供してやる。改めて事務所まで来い』

あの時。

自分は和春を、何も知らずに見下していた。

剛玄が続ける。

「そして愛華だ」

麗華の表情が変わる。

「愛華がどうしてあの男の隣にいるのか‥少し分かった気がする」

「……」

「愛華は昔から、優秀だった。だが他人の下について満足する娘じゃない」

剛玄は娘を真っ直ぐ見る。

「そんな愛華が、自分からメイド服まで着て隣にいる。普通なら、まずそこを疑問に思うべきだったんだ」

麗華は何も言い返せない。

剛玄は小さく笑う。

「麗華。お前、後日あの男の事務所へ行くそうだな」

麗華の紅い瞳が父を見る。

「……愛華から聞いたんですか?」

「いや」

剛玄は机に肘を置く。

「お前なら行くだろうと思っただけだ」

「……」

「行ってこい」

麗華は眉を寄せる。

剛玄は楽しそうに笑った。

「次期天城グループ社長として。その目で見てこい」

「神代和春という男が――」

一拍。

「本当に『たかが町のコンサル』なのかをな」

麗華はもう一度、分厚い調査資料を見る。

BARで見た男。

妹が選んだ男。

そして。

紙の上に並ぶ、常識から外れた経歴。

「……神代和春」

麗華が小さくその名前を口にする。

昨日までとは。

明らかに違う意味を持った名前になっていた。