瀬奈は反射的に二人を見る。
ずっと気になっていた。
旅館に二人が泊まりに来た、あの時から。
同じ部屋。
朝食を運びに行った時の、明らかに慌てて着直したような浴衣。
少し乱れた髪。
妙に赤かった愛華の顔。
そして、あの空気。
瀬奈だって子供ではない。
何があったのかくらい、なんとなく察していた。
だからこそ――
付き合っているものだと思っていた。
だが。
答えたのは和春ではなかった。
愛華だった。
「……付き合っていません。」
いつもの愛華なら、もっとはっきり答える。
しかし今は僅かに歯切れが悪い。
「私は……相方兼メイドです。」
「…………」
瀬奈の思考が止まった。
常連も目を丸くする。
「まだ!?」
別の常連まで振り返った。
「嘘だろ?」
マスターは苦笑しながらグラスを磨いている。
「そこは以前から変わっていないようですね」
和春は何も言わず、グラスへ口をつけた。
愛華もそれ以上説明しようとはしなかった。
だが。
瀬奈の頭の中だけは、とんでもない速度で回っていた。
(えっ。本当に付き合ってないの!?)
意外どころの話ではなかった。
瀬奈はてっきり、周囲に言っていないだけだと思っていたのだ。
だって。
あの旅館での二人を思い出す。
どう考えても、ただの仕事仲間ではない。
あんな距離感になることが、一度だけとも思えない。
むしろ――
(絶対、普段からそういう関係でしょ……。)
瀬奈の顔が少し熱くなる。
(じゃなきゃ旅行先の旅館でまでなんて、ありえないって……!)
それなのに。
付き合っていない。
瀬奈には理解できなかった。
そして、もう一つ引っかかる。
瀬奈はそっと和春を見る。
いつも通りだ。
何事もなかったように酒を飲んでいる。
(……なんで和春さん、何も言わないんだろう)
そこが一番分からなかった。
もし和春が、女性関係にだらしない男だったなら理解できる。
恋人という責任を負いたくない。
曖昧な関係のまま都合よく愛華をそばに置いている。
そんな男なら、いくらでもいるだろう。
でも。
瀬奈が今日一日見てきた和春は、そんな男ではなかった。
依頼人の相談一つでも、目の前の問題だけでは終わらせない。
その人が数年後どう生活するのかまで考える。
自分の言葉にも、仕事にも責任を持つ。
必要なら嫌われることだって恐れない。
旅館でもそうだった。
瀬奈の能力を評価してくれた。
興味があるなら来いと言ってくれた。
簡単に「お前ならできる」なんて無責任なことは言わず、見ることも勉強だと教えてくれた。
そんな人が。
一番近くにいる女性との関係だけを、いい加減に扱うだろうか。
(……違う)
瀬奈は直感的にそう思った。
和春は、逃げているようには見えない。
なら。
なぜ言わない?
なぜ告白しない?
愛華も同じだった。
さっき麗華に言われた時。
「付き合っていません」
そう答えながらも。
和春を馬鹿にされた瞬間には、明らかに表情が変わった。
仕事中だってそうだ。
誰より和春を理解している。
誰より近くにいる。
そして和春も、それを当たり前のように受け入れている。
二人に気持ちがある。
そんなもの瀬奈から見ても明白だった。
なのにどちらも、その一歩を踏み出していない。
(何、この二人……)
瀬奈は心の中で頭を抱える。
(絶対好きじゃん。どう見ても両想いじゃん!なのに、なんで付き合ってないの!?)
常連も同じようなことを思ったらしい。
呆れた顔で和春を見る。
「お前らさぁ……」
和春が視線だけ向ける。
「なんだよ」
「いや」
常連は一度愛華を見て、また和春を見る。
「もういい。俺が口出す話じゃねぇわ」
そう言って酒を飲んだ。
マスターも何も言わない。
長く二人を見ているからこそ。
これは他人が答えを出していい問題ではないと分かっているのだろう。
愛華は静かにグラスを傾ける。
その横で。
和春も何も言わず酒を飲む。
肩が触れそうなほど近くに座っているのに。
その間には、まだ名前のついていない境界線が一本だけ残っていた。
そして瀬奈は、今日一日で最も難しい問題を目の前にしている気がしていた。
不動産より。
経営より。
銀行融資より。
たぶん――
この二人の関係が、一番難しい。
ずっと気になっていた。
旅館に二人が泊まりに来た、あの時から。
同じ部屋。
朝食を運びに行った時の、明らかに慌てて着直したような浴衣。
少し乱れた髪。
妙に赤かった愛華の顔。
そして、あの空気。
瀬奈だって子供ではない。
何があったのかくらい、なんとなく察していた。
だからこそ――
付き合っているものだと思っていた。
だが。
答えたのは和春ではなかった。
愛華だった。
「……付き合っていません。」
いつもの愛華なら、もっとはっきり答える。
しかし今は僅かに歯切れが悪い。
「私は……相方兼メイドです。」
「…………」
瀬奈の思考が止まった。
常連も目を丸くする。
「まだ!?」
別の常連まで振り返った。
「嘘だろ?」
マスターは苦笑しながらグラスを磨いている。
「そこは以前から変わっていないようですね」
和春は何も言わず、グラスへ口をつけた。
愛華もそれ以上説明しようとはしなかった。
だが。
瀬奈の頭の中だけは、とんでもない速度で回っていた。
(えっ。本当に付き合ってないの!?)
意外どころの話ではなかった。
瀬奈はてっきり、周囲に言っていないだけだと思っていたのだ。
だって。
あの旅館での二人を思い出す。
どう考えても、ただの仕事仲間ではない。
あんな距離感になることが、一度だけとも思えない。
むしろ――
(絶対、普段からそういう関係でしょ……。)
瀬奈の顔が少し熱くなる。
(じゃなきゃ旅行先の旅館でまでなんて、ありえないって……!)
それなのに。
付き合っていない。
瀬奈には理解できなかった。
そして、もう一つ引っかかる。
瀬奈はそっと和春を見る。
いつも通りだ。
何事もなかったように酒を飲んでいる。
(……なんで和春さん、何も言わないんだろう)
そこが一番分からなかった。
もし和春が、女性関係にだらしない男だったなら理解できる。
恋人という責任を負いたくない。
曖昧な関係のまま都合よく愛華をそばに置いている。
そんな男なら、いくらでもいるだろう。
でも。
瀬奈が今日一日見てきた和春は、そんな男ではなかった。
依頼人の相談一つでも、目の前の問題だけでは終わらせない。
その人が数年後どう生活するのかまで考える。
自分の言葉にも、仕事にも責任を持つ。
必要なら嫌われることだって恐れない。
旅館でもそうだった。
瀬奈の能力を評価してくれた。
興味があるなら来いと言ってくれた。
簡単に「お前ならできる」なんて無責任なことは言わず、見ることも勉強だと教えてくれた。
そんな人が。
一番近くにいる女性との関係だけを、いい加減に扱うだろうか。
(……違う)
瀬奈は直感的にそう思った。
和春は、逃げているようには見えない。
なら。
なぜ言わない?
なぜ告白しない?
愛華も同じだった。
さっき麗華に言われた時。
「付き合っていません」
そう答えながらも。
和春を馬鹿にされた瞬間には、明らかに表情が変わった。
仕事中だってそうだ。
誰より和春を理解している。
誰より近くにいる。
そして和春も、それを当たり前のように受け入れている。
二人に気持ちがある。
そんなもの瀬奈から見ても明白だった。
なのにどちらも、その一歩を踏み出していない。
(何、この二人……)
瀬奈は心の中で頭を抱える。
(絶対好きじゃん。どう見ても両想いじゃん!なのに、なんで付き合ってないの!?)
常連も同じようなことを思ったらしい。
呆れた顔で和春を見る。
「お前らさぁ……」
和春が視線だけ向ける。
「なんだよ」
「いや」
常連は一度愛華を見て、また和春を見る。
「もういい。俺が口出す話じゃねぇわ」
そう言って酒を飲んだ。
マスターも何も言わない。
長く二人を見ているからこそ。
これは他人が答えを出していい問題ではないと分かっているのだろう。
愛華は静かにグラスを傾ける。
その横で。
和春も何も言わず酒を飲む。
肩が触れそうなほど近くに座っているのに。
その間には、まだ名前のついていない境界線が一本だけ残っていた。
そして瀬奈は、今日一日で最も難しい問題を目の前にしている気がしていた。
不動産より。
経営より。
銀行融資より。
たぶん――
この二人の関係が、一番難しい。

