相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

昼食を終えた一行は、そのまま都内にあるアリシアの所属モデル事務所へ向かった。

今日は以前から進めていたプロジェクトの最終確認の日。

アリシアがプロデュースするブランド商品の完成報告と、今後の展開についての打ち合わせだった。

受付を通ると、スタッフたちがすぐに立ち上がる。

「和春さん、お待ちしておりました」

「社長がお待ちです」

和春は軽く手を挙げる。

「ああ」

瀬奈はその様子を見て驚く。

(受付の人まで普通に知ってる……)

愛華は慣れた様子で後ろを歩く。

会議室へ入ると、モデル事務所の社長が立ち上がった。

「お久しぶりです」

和春も軽く会釈する。

「完成したんだって?」

社長は満面の笑みを浮かべた。

「ええ。和春さんの戦略通り、大成功ですよ」

机の上には、完成したブランド商品が綺麗に並べられていた。

社長は一つ手に取り説明する。

「最初はスタッフ全員が半信半疑でした」

「トップモデルなんだから、高級ブランド路線で売るべきじゃないか、と。ですが……。」

苦笑する。

「和春さんは真逆の提案でした」

和春は椅子へ腰掛ける。

「高い物を売るより普段使ってる物を見せろ。ブランドじゃなく人を好きになってもらえ」

社長は何度も頷いた。

「ええ。その通りでした」

スクリーンへSNSの画面が映る。

アリシアの日常投稿。

朝飲んでいるコーヒー。

お気に入りのマグカップ。

愛用しているバッグ。

家で使うルームウェア。

普段履いているスニーカー。

休日のスーパーで買った食材。

どれも自然な投稿だった。

社長は笑う。

「特に『普段使っている物だけを紹介してください』という指示。あれが大当たりでした。広告っぽくない。だから信用される。同じ物を使いたいという声が、今までとは比べ物になりません」

愛華も資料を開く。

「コメント分析でも、商品より先に『アリシアさんみたいになりたい』『同じ物を使ってみたい』という感情が先に来ています。購買理由がブランドではなく、憧れへ変化しています」

社長は笑顔になる。

「だから今回の商品も、初回生産分は予約だけでかなり動きました。まさに和春さんの狙い通りです」

その時だった。

コンコン。

扉がノックされる。

「失礼します。」

聞き覚えのある、美しい声。

瀬奈が振り向く。

そこにはアリシアが立っていた。

白いブラウスにシンプルなロングスカート。

派手な衣装ではない。

それでも、部屋へ入った瞬間に空気が変わる。

思わず見惚れてしまうほどの存在感。

瀬奈は息を呑んだ。

(うそ……。本物……。テレビや雑誌で見るより何倍も綺麗……)

アリシアは和春を見ると、柔らかく微笑んだ。

「和春さん。商品が完成しましよ。ぜひ見ていただきたくて」

まるで長年信頼する相手へ報告するような、穏やかな口調だった。

和春は商品を手に取る。

「いい出来だ」

「ありがとうございます」

アリシアは嬉しそうに微笑む。

「いえ。和春さんのアドバイスがあったからです。」本当にありがとうございました。」

瀬奈はそのやり取りを呆然と見つめていた。

(トップモデルのアリシアさんが……。和春さんに、こんなに信頼を寄せてる……)

愛華が一歩前へ出る。

「お久しぶりです、アリシアさん」

アリシアの表情がさらに柔らかくなる。

「愛華さん。お久しぶりです。またお会いできて嬉しいです」

そう言って、愛華の両手を優しく握る。

愛華も微笑み返した。

「私もです。SNSも順調そうで安心しました」

アリシアは少し照れくさそうに笑う。

「はい。和春さんのおっしゃる通り、普段使っている物や日常を自然に投稿するようにしたら、皆さんとの距離が近くなった気がします。以前よりコメントも温かくなりました」

愛華は頷く。

「数字にも表れています。商品の反響だけでなく、アリシアさんご自身への信頼も以前より高まっていますね」

「ありがとうございます。」

アリシアは素直に頭を下げた。

瀬奈はその光景を見ながら、また驚いていた。

(午前は不動産会社の社長。午後はトップモデルのアリシアさん。しかも二人とも、和春さんと愛華さんを心から信頼してる……。もう『すごい』なんて言葉じゃ足りない)

和春は瀬奈の様子を見て笑う。

「また固まってるな」

瀬奈は照れ笑いを浮かべる。

「だって……。これで驚かない人なんて、いませんよ」


アリシアは瀬奈の存在に気付き、優しく微笑んだ。

「そういえば……。初めまして、ですよね」

瀬奈は慌てて立ち上がる。

「は、はい!初めまして!相沢瀬奈と申します!」

勢いよく頭を下げる。

アリシアも上品に頭を下げた。

「天王寺アリシアです。よろしくお願いします。」

瀬奈は目を輝かせていた。

(本当に綺麗……。テレビで見るまま……いや、それ以上だ。顔もスタイルもオーラも全部違う……。)

アリシアは瀬奈を見て微笑む。

「今日はご見学ですか?」

愛華が答えた。

「はい。瀬奈さんには一日、Boundary & Mindの仕事を見ていただいています。将来的には、弊社で働くことも視野に入れてくださっています」

その瞬間だった。

アリシアの目が一気に輝いた。

「えっ!?ずるいです!」

全員がアリシアを見る。

アリシアは身を乗り出した。

「私も!私も和春さんのところで働きたいです!」

部屋が静まり返る。

瀬奈は目を丸くした。

(えぇぇぇっ!?トップモデルが何言ってるの!?)

和春はため息をつく。

「また始まった。」

愛華は苦笑する。

「アリシアさんらしいですね」

モデル事務所の社長は頭を掻きながら笑った。

「ははは……。驚かれますよね」

瀬奈は小さく頷くことしかできない。

社長は苦笑いのまま説明を始めた。

「実は、この子。幼稚園の頃からこの業界にいるんです」

瀬奈は驚く。

「そんな小さい頃から……。」

「ええ。だからモデルという仕事は、本人にとって特別なものというより、人生の一部なんです。」

社長はアリシアを見る。

「でもね。昔から一つだけ変わらない夢がある。」

アリシアは少し照れながら笑った。

社長が続ける。

「大学を卒業したら。モデルは一区切りつけて、自分の好きな道へ進む。そう決めているんです」

瀬奈は興味深そうに聞く。

「好きな道……ですか?」

アリシアは真っ直ぐ答えた。

「はい。心理学や経営を学んでいます。困っている人に、選択肢を増やしてあげられるようなお仕事がしたいんです」

その言葉に瀬奈は思わず和春を見る。

(和春さんと同じ考え方……。)

社長も頷いた。

「現在は大学二年生です。だから卒業までは、ちゃんと学業も続けます。」

そして笑いながら肩をすくめる。

「私は辞めるなとは言いません。ただ……。副業でもいいから続けてほしい。雑誌でも。テレビでも。年に何回かでも出てくれれば十分なんです。この子がいるだけで、会社の看板になりますから。」

アリシアは少し困ったように笑う。

「社長……。本当にモデルのお仕事は好きなんです。でも、それ以上に……」

視線は自然と和春へ向いた。

「和春さんのお仕事を見て、人の人生を変えられる仕事って素敵だなって思ったんです。私も、そんな仕事がしたいです。」

社長は諦めたように笑う。

「ほら。昔からこうなんですよ」

アリシアが笑いながら言う。

「和春さんに会ってから、ますますその気持ちが強くなっちゃって」

和春は腕を組みながら苦笑した。

「まだ二年あるだろ。ちゃんと大学卒業してから考えろ」

アリシアは満面の笑みで頷く。

「はい!でも、その時は面接してくださいね!」

和春は少し笑って答えた。

「その時にな」

そのやり取りを見ていた瀬奈は、心の中でまた驚いていた。

(トップモデルでさえ……。和春さんの会社で働きたいって、本気で思うんだ)

Boundary & Mindという会社が、人を惹きつける理由を。