不動が到着するまで、およそ四十分。
応接室には、不思議と重苦しい空気はなかった。
和春は不動産の話だけを続けることはしない。
「介護って今は誰が見てる?」
依頼人が答える。
「私が仕事の前後に……」
「兄弟は?」
「県外です」
和春は頷く。
「じゃあ介護サービスの使い方も見直した方がいい」
依頼人は少し驚く。
「え……」
「土地を売れば終わりじゃない。生活が続かなきゃ意味がない」
愛華も資料を一枚取り出す。
「こちらをご覧ください。自治体によって利用できる制度が違います。介護保険だけではありません。住宅改修や、高齢者向けの支援制度もあります」
依頼人は一枚一枚真剣に目を通していく。
和春はさらに続ける。
「売却した金を全部使うな。生活防衛資金は必ず残せ。投資するなら順番がある。税金も考えろ」
愛華はすぐに補足する。
「まとまったお金が入ると、不安になって焦って使ってしまう方も少なくありません。だからこそ、最初に使い道を整理しておくことが大切なんです」
話題は自然と相続へ。
税金へ。
老後資金へ。
住宅ローンへ。
保険へ。
瀬奈は必死にメモを書き続ける。
(相談されたことだけ答えてない……。その先まで全部見てる)
依頼人が安心して生活できる未来。
そこまで設計している。
それがBoundary & Mindのコンサルだった。
瀬奈は思わず和春を見る。
(これが……本物。旅館で教えてくれた「経営を見る」って、こういうことなんだ)
四十分は、あっという間に過ぎた。
その頃には依頼人の表情から最初の不安はほとんど消えていた。
⸻
事務所の入口が開く。
「悪い、待たせた」
低くよく通る声。
不動正義だった。
後ろにはスーツ姿の女性秘書がタブレットを抱えて続く。
「和春。資料は車で読んできた」
和春は椅子にもたれたまま言う。
「じゃあ後は任せる」
不動は依頼人へ向き直る。
「初めまして不動正義です」
軽く挨拶を交わすと、資料を数分眺める。
そして顔を上げた。
「結論から言います」
依頼人が息を呑む。
不動は笑った。
「他所になんか売らないでくれ」
部屋が静まる。
「俺が買う」
依頼人が目を丸くする。
「えっ……?」
不動は地図を指で軽く叩いた。
「この土地には、それだけの価値がある。もちろん、明日いきなり何倍にもなるわけじゃない。時間は掛かる。だから投資だ。その代わり――」
不動は数字を書いた紙を依頼人の前へ置いた。
「俺はこの金額なら出す」
依頼人は紙を見た瞬間、言葉を失う。
「……え?」
大手不動産会社から提示された金額を予想を大きく上回る金額だった。
「こ、こんなに……?」
不動は腕を組む。
「安く買い叩く気はない。利益は俺が将来取り返す。だから今は、あんたに安心して生活してもらう方が先だ。どうするか、決めてくれ」
その横で秘書は思わず額に手を当てていた。
「社長……また即決ですか……せめて社内に一度持ち帰るという選択肢は……」
不動は豪快に笑う。
「持ち帰ってる間に他へ行かれたら意味ねぇだろ」
秘書は深いため息をつく。
「その判断の速さが社長の強みでもあり、私の胃痛の原因でもあるんですが……」
和春はそのやり取りを見ながら、小さく笑った。
「相変わらずだな」
不動も笑い返す。
「お前の紹介だ。それだけで十分信用できる」
その光景を見ていた瀬奈は、また一つ驚かされていた。
(和春さんは、不動産会社を紹介したんじゃない。“依頼人にとって一番いい人”を紹介したんだ)
それこそが、本当のコンサルタントなのだと、瀬奈は少しずつ理解し始めていた。
応接室には、不思議と重苦しい空気はなかった。
和春は不動産の話だけを続けることはしない。
「介護って今は誰が見てる?」
依頼人が答える。
「私が仕事の前後に……」
「兄弟は?」
「県外です」
和春は頷く。
「じゃあ介護サービスの使い方も見直した方がいい」
依頼人は少し驚く。
「え……」
「土地を売れば終わりじゃない。生活が続かなきゃ意味がない」
愛華も資料を一枚取り出す。
「こちらをご覧ください。自治体によって利用できる制度が違います。介護保険だけではありません。住宅改修や、高齢者向けの支援制度もあります」
依頼人は一枚一枚真剣に目を通していく。
和春はさらに続ける。
「売却した金を全部使うな。生活防衛資金は必ず残せ。投資するなら順番がある。税金も考えろ」
愛華はすぐに補足する。
「まとまったお金が入ると、不安になって焦って使ってしまう方も少なくありません。だからこそ、最初に使い道を整理しておくことが大切なんです」
話題は自然と相続へ。
税金へ。
老後資金へ。
住宅ローンへ。
保険へ。
瀬奈は必死にメモを書き続ける。
(相談されたことだけ答えてない……。その先まで全部見てる)
依頼人が安心して生活できる未来。
そこまで設計している。
それがBoundary & Mindのコンサルだった。
瀬奈は思わず和春を見る。
(これが……本物。旅館で教えてくれた「経営を見る」って、こういうことなんだ)
四十分は、あっという間に過ぎた。
その頃には依頼人の表情から最初の不安はほとんど消えていた。
⸻
事務所の入口が開く。
「悪い、待たせた」
低くよく通る声。
不動正義だった。
後ろにはスーツ姿の女性秘書がタブレットを抱えて続く。
「和春。資料は車で読んできた」
和春は椅子にもたれたまま言う。
「じゃあ後は任せる」
不動は依頼人へ向き直る。
「初めまして不動正義です」
軽く挨拶を交わすと、資料を数分眺める。
そして顔を上げた。
「結論から言います」
依頼人が息を呑む。
不動は笑った。
「他所になんか売らないでくれ」
部屋が静まる。
「俺が買う」
依頼人が目を丸くする。
「えっ……?」
不動は地図を指で軽く叩いた。
「この土地には、それだけの価値がある。もちろん、明日いきなり何倍にもなるわけじゃない。時間は掛かる。だから投資だ。その代わり――」
不動は数字を書いた紙を依頼人の前へ置いた。
「俺はこの金額なら出す」
依頼人は紙を見た瞬間、言葉を失う。
「……え?」
大手不動産会社から提示された金額を予想を大きく上回る金額だった。
「こ、こんなに……?」
不動は腕を組む。
「安く買い叩く気はない。利益は俺が将来取り返す。だから今は、あんたに安心して生活してもらう方が先だ。どうするか、決めてくれ」
その横で秘書は思わず額に手を当てていた。
「社長……また即決ですか……せめて社内に一度持ち帰るという選択肢は……」
不動は豪快に笑う。
「持ち帰ってる間に他へ行かれたら意味ねぇだろ」
秘書は深いため息をつく。
「その判断の速さが社長の強みでもあり、私の胃痛の原因でもあるんですが……」
和春はそのやり取りを見ながら、小さく笑った。
「相変わらずだな」
不動も笑い返す。
「お前の紹介だ。それだけで十分信用できる」
その光景を見ていた瀬奈は、また一つ驚かされていた。
(和春さんは、不動産会社を紹介したんじゃない。“依頼人にとって一番いい人”を紹介したんだ)
それこそが、本当のコンサルタントなのだと、瀬奈は少しずつ理解し始めていた。

