Boundary & Mind     心の境界線

店を出る。

暖簾をくぐり、いつもと変わらない表情で通りを歩く。

誰にも呼び止められることはない。

誰にも怪しまれることもない。

四日間に及ぶ”静かな工事”は、何事もなかったかのように幕を閉じた。

店主は店先から二人の背中を見送り、小さく呟く。

「……最後まで見事だった。」

⸻

一方、親方たちは別行動だった。

親方が大きく伸びをする。

「俺たちは今日もう一泊だ。」

弟子たちが顔を見合わせる。

その表情は、どこか嬉しそうだった。

親方は苦笑する。

「そのニヤニヤした顔見りゃ分かる。お前ら、本来の男の大阪観光を楽しむつもりなんだろ」

弟子たちは揃って目を逸らした。

「いやぁ……。」

「その……。」

「せっかく大阪まで来たんで……。」

親方は呆れながら笑う。

「若いな。まあ、羽目だけは外すなよ。明日、ちゃんと帰れる程度にな」

「「はいっ!」」

元気よく返事をした弟子たちは、そのまま賑やかに街の方へ歩いていった。

親方はそんな後ろ姿を見ながら肩をすくめる。

「ったく。青春してやがる。」

⸻

その頃。

和春と愛華は駅へ向かって歩いていた。

夕暮れの大阪。

人混みの中を並んで歩く。

愛華がふと和春を見る。

少しいたずらっぽく笑った。

「和春は行きたいとは思わないんですか?」

和春は前を向いたまま答える。

「必要ない」

短い返事。

愛華はくすっと笑う。

「そうですか?」

和春は少しだけ困ったような顔をした。

「……それに‥‥お前、怒るだろ‥‥」

愛華は少し目を丸くしたあと、平然と言う。

「別に怒りませんよ。私たち、付き合ってませんし。関係ありません。」

その言葉に和春は黙った。

「…………」

歩く音だけが続く。

二人の間には、言葉にならない時間が流れていた。

愛華も、それ以上は何も言わない。

和春も、何も返さない。

二人は何度も同じ時間を過ごし、

互いを誰よりも信頼し、

同じ家に帰り、

同じ未来を見ている。

それでも――

「好きだ」

「付き合おう」

その一言だけは、どちらもまだ口にしていなかった。

だから、この関係にはまだ名前がない。

恋人でもない。

家族でもない。

けれど、ただの仕事仲間でもない。

そんな曖昧で、不思議な距離を保ったまま。

二人は何も言わず、夕暮れの街を並んで歩き続けた。