Boundary & Mind     心の境界線

翌朝。

飛田新地は、いつもと変わらない一日を迎えていた。

通りには常連客や観光客の姿。

暖簾をくぐる人々。

店先では女将たちが世間話を交わし、何事もない日常が流れている。

その中の一軒。

今回の現場も、普段と変わらず営業を始めていた。

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愛華は事前の打ち合わせどおり、店へ入る。

帳簿上はその日の個人事業主として時間を確保。

そして、その時間は和春が利用する契約になっている。

店側の帳簿にも、不自然な点はない。

和春も決められた時間に店へ入り、店主へ軽く会釈する。

「始めるぞ」

老人は静かに頷いた。

「ああ」

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一方。

親方たちは時間をずらして現場へ向かう。

一人ではない。

二人でもない。

時間を変え、

服装を変え、

出入りする人物も入れ替えながら、

ごく自然な人の流れの中へ溶け込んでいく。

ある者は仕事帰りの会社員風。

ある者は旅行客。

ある者は地元の常連客。

そして一定時間が過ぎると、また別の者と交代する。

「お疲れ」

「次頼む」

それだけを交わし、静かに役目を引き継いでいく。

外から見れば、誰もが普通に店へ出入りしているだけ。

それ以上でも、それ以下でもない。

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店の奥。

親方が柱を軽く叩く。

耳を当てる。

「……よし。」

弟子も小さく頷く。

「予定どおりです」

工具も必要最小限。

使うたびに布で包み、

置く音すら吸収する。

親方は思わず笑った。

「ここまで静かな現場は初めてだ」

経理担当の弟子も苦笑する。

「現場というより、忍者ですね」

「忍者じゃねぇ」

親方は工具を手に取りながら言う。

「トリック職人だ」

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作業は驚くほど順調だった。

事前に和春が組み上げた工程表どおり、

無駄な動きが一つもない。

誰が、

どこで、

何分作業し、

どのタイミングで交代するか。

すべて秒単位で近い精度まで組まれている。

親方は思わず感心した。

「……ここまで段取りができてりゃ、現場は楽だ」

弟子も頷く。

「頭の中で全部完成してる人の工程表ですね」

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外から聞こえてくる音は、いつもと変わらない街の音。

店の中も営業中らしい気配が続いている。

一方で、修繕作業の音は巧みに抑えられ、

作業が行われていることを意識させるような物音はほとんどない。

店主は廊下からその様子を見守り、小さく息を漏らした。

「……本当にやりやがる」

初日は、大きな混乱もなく終わろうとしていた。

老人は柱へそっと手を添える。

昨日まで感じていた不安定な揺れが、

わずかではあるが、確かな安心感へと変わり始めていた。