図面を囲みながら作戦会議は続く。
弟子の一人が手を挙げた。
「親方。搬入は、俺たち全員客に扮装して入るってことでいいんですよね?」
親方が頷く。
「ああ。作業着なんてもってのほかだ。観光客でも、常連でもいい。とにかく”大工”に見えたら終わりだ。」
別の弟子が愛華を見る。
「愛華さんは?店で働く個人事業主って設定で入るんですよね?」
愛華が口を開く前に、和春が答えた。
「その話は店主と契約時に済ませてある」
全員の視線が集まる。
図面を見つめていた弟子の一人が、ふと顔を上げた。
眼鏡を指で押し上げる。
親方の右腕。
現場では職人だが、普段は見積りや経理も任されている男だった。
「一つ、いいですか。」
和春が頷く。
「どうぞ。」
弟子は図面ではなく、契約書へ視線を落とした。
「施工自体は理解しました。」
「でも、お金の流れだけが気になります。」
親方がニヤリと笑う。
「始まったな、お前の数字講義。」
弟子は苦笑する。
「職業病なんで。」
そして和春を見る。
「店側が、そのまま”修繕費”のような名目で処理したら、不自然になりますよね。」
「そこはどう整理するんですか。」
「後から説明できないお金の流れになれば、結局リスクになります。」
愛華が小さく微笑んだ。
「そこに気付くあたり、さすがですね。」
親方が肩をすくめる。
「だからこいつに帳簿は全部任せてる。」
弟子は照れくさそうに頭をかいた。
「数字は好きなんです。」
「大学でも会計を勉強していましたし。」
親方が笑う。
「それなのに俺に惚れ込んで大工になった変わり者だ。」
部屋に笑いが起こる。
和春は資料を閉じた。
「心配はいらない。」
「今回も契約内容と会計処理が一致する形で進める。」
「そのために契約書も分けている。」
愛華も続ける。
「必要であれば税理士や顧問とも確認しながら、適法な処理を行います。」
「帳簿と実態が一致していることが、一番大切です。」
弟子は感心したように頷いた。
「……そこまで整理してあるんですね。」
「法律って、そんなに柔軟なんですか。」
和春は静かに答える。
「法律は万能じゃない。」
「だからこそ、正しく知っている人間と、知らない人間で選べる道が変わる。」
少し間を置く。
「違反すれすれを狙うんじゃない。」
「最初から適法な選択肢の中で、一番現実的な道を選ぶ。」
「法律は弱い人だけの味方でも、強い人だけの味方でもない。」
「知識として使える人間には、大きな武器になる。」
部屋が静かになる。
弟子は思わず呟いた。
「……勉強になります。」
愛華が穏やかに笑った。
「だから和春はコンサルタントをしているんだと思います。」
「知らないから諦めるのではなく、知ることで選択肢を広げられるようにする。」
「それが和春の仕事ですから。」
和春は少し照れたように眉をひそめる。
「……余計なこと言うな。」
愛華はくすっと笑う。
「本当のことですよ。」
親方は豪快に笑った。
「はっはっは!」
「お前ら、本当にいいコンビだな。」
張り詰めていた空気が少しだけ和らぎ、再び図面へと全員の視線が戻った。
和春は図面の横に契約書の控えを置いた。
「愛華の時間は、店の売上として計上してもらう。そして、その時間は俺がすべて買う。」
弟子たちが一瞬きょとんとする。
和春は続けた。
「つまり俺たちは”愛華の客”という扱いになる。店としては通常営業。愛華は店にいる理由ができる。俺たちも店に出入りする理由ができる。」
弟子の一人が思わず感心する。
「なるほど……。そういう形で表向きの辻褄を合わせるのか。」
愛華も頷いた。
「そうです。店の帳簿上も不自然になりません。」
「私は個人事業主として時間を提供し、その時間を和春が利用したという形になります。」
和春はさらに続ける。
「もちろん、その利用料は俺が負担する。ただし、その金額は今回の施工費とは別に、Boundary & Mind側の経費へ上乗せして処理する。」
「店には正規の形で支払いが行われる。愛華個人にも不利益はない。そして施工全体の予算に組み込む」
親方が腕を組んで笑う。
「そこまで考えてたか。」
和春は当然という表情だった。
「金の流れが不自然だと、後で必ず歪みが出る。だから最初に全部整える。」
弟子たちは顔を見合わせる。
「すげぇ……。そこまで考えるのがコンサルなんすね。」
和春は首を横に振った。
「違う。これはリスク管理だ。」
そして弟子たち一人ひとりを見回した。
「お前たちは施工だけに集中しろ。人の目、契約、
金、責任。その全部は、俺と愛華が持つ」
その一言に、親方は満足そうに笑った。
「だから安心して無茶ができるってわけだ」
和春も静かに頷く。
「ああ。現場は、お前たちを信じる」
図面を見つめていた弟子の一人が、ふと顔を上げた。
眼鏡を指で押し上げる。
親方の右腕。
現場では職人だが、見積りや経理も担当している男だった。
「一つ、確認してもいいですか。」
和春が頷く。
「ああ」
弟子は契約書を見ながら口を開く。
「今回の施工費って、店側では修繕費として処理しないんですよね?」
「でも、そうなると帳簿上はどうするんですか。」
「お金の流れが不自然になりません?」
親方が笑う。
「ほら始まった。数字の話になると止まらねぇ。」
弟子は苦笑した。
「経理担当なんで」
和春は資料を一枚取り出した。
「店からBoundary & Mindへ支払われるのは、施工費という名目ではない。」
「今回依頼されているのは、建物を含めた運営全体の改善提案だからな。」
「契約内容に沿って、コンサルティング費や監修費、業務委託費など、実際の業務内容に適した名目で契約している」
弟子は頷きながら聞いている。
和春は続けた。
「そしてBoundary & Mindが受けた業務の一部を、親方たちへ外部委託する。だから今度はBoundary & Mindから親方側へ、委託した業務内容に応じた契約で支払いを行う」
愛華も補足する。
「契約が一つではなく、それぞれの業務に合わせて分かれているだけです。」
「店とBoundary & Mind。」
「Boundary & Mindと親方。」
「契約相手も業務内容も異なりますので、お金の流れもそれぞれ対応した契約になります」
弟子は目を丸くした。
「……そういう組み方があるんですか。勉強になります」
和春は静かに答える。
「違法なことをするわけじゃない。契約と実際の業務が一致していれば、契約ごとに整理するのは珍しい話でもない」
弟子は感心したように息をつく。
「法律って難しいですね……。」
和春は小さく笑った。
「法律は弱い奴の味方じゃない。知っている奴の武器だ。だから知識がある人間は、同じ状況でも選択肢を増やせる」
愛華が微笑む。
「だから和春はコンサルタントなんだと思います。知らないから諦めるのではなく、知ることで選択肢を広げられるようにする。」
「それが和春の仕事です」
和春は照れくさそうに眉をひそめた。
「……余計なこと言うな」
愛華は楽しそうに笑う。
「本当のことですよ」
親方は豪快に笑い声を上げた。
「はははっ! やっぱりお前ら、いいコンビだな。」
弟子の一人が手を挙げた。
「親方。搬入は、俺たち全員客に扮装して入るってことでいいんですよね?」
親方が頷く。
「ああ。作業着なんてもってのほかだ。観光客でも、常連でもいい。とにかく”大工”に見えたら終わりだ。」
別の弟子が愛華を見る。
「愛華さんは?店で働く個人事業主って設定で入るんですよね?」
愛華が口を開く前に、和春が答えた。
「その話は店主と契約時に済ませてある」
全員の視線が集まる。
図面を見つめていた弟子の一人が、ふと顔を上げた。
眼鏡を指で押し上げる。
親方の右腕。
現場では職人だが、普段は見積りや経理も任されている男だった。
「一つ、いいですか。」
和春が頷く。
「どうぞ。」
弟子は図面ではなく、契約書へ視線を落とした。
「施工自体は理解しました。」
「でも、お金の流れだけが気になります。」
親方がニヤリと笑う。
「始まったな、お前の数字講義。」
弟子は苦笑する。
「職業病なんで。」
そして和春を見る。
「店側が、そのまま”修繕費”のような名目で処理したら、不自然になりますよね。」
「そこはどう整理するんですか。」
「後から説明できないお金の流れになれば、結局リスクになります。」
愛華が小さく微笑んだ。
「そこに気付くあたり、さすがですね。」
親方が肩をすくめる。
「だからこいつに帳簿は全部任せてる。」
弟子は照れくさそうに頭をかいた。
「数字は好きなんです。」
「大学でも会計を勉強していましたし。」
親方が笑う。
「それなのに俺に惚れ込んで大工になった変わり者だ。」
部屋に笑いが起こる。
和春は資料を閉じた。
「心配はいらない。」
「今回も契約内容と会計処理が一致する形で進める。」
「そのために契約書も分けている。」
愛華も続ける。
「必要であれば税理士や顧問とも確認しながら、適法な処理を行います。」
「帳簿と実態が一致していることが、一番大切です。」
弟子は感心したように頷いた。
「……そこまで整理してあるんですね。」
「法律って、そんなに柔軟なんですか。」
和春は静かに答える。
「法律は万能じゃない。」
「だからこそ、正しく知っている人間と、知らない人間で選べる道が変わる。」
少し間を置く。
「違反すれすれを狙うんじゃない。」
「最初から適法な選択肢の中で、一番現実的な道を選ぶ。」
「法律は弱い人だけの味方でも、強い人だけの味方でもない。」
「知識として使える人間には、大きな武器になる。」
部屋が静かになる。
弟子は思わず呟いた。
「……勉強になります。」
愛華が穏やかに笑った。
「だから和春はコンサルタントをしているんだと思います。」
「知らないから諦めるのではなく、知ることで選択肢を広げられるようにする。」
「それが和春の仕事ですから。」
和春は少し照れたように眉をひそめる。
「……余計なこと言うな。」
愛華はくすっと笑う。
「本当のことですよ。」
親方は豪快に笑った。
「はっはっは!」
「お前ら、本当にいいコンビだな。」
張り詰めていた空気が少しだけ和らぎ、再び図面へと全員の視線が戻った。
和春は図面の横に契約書の控えを置いた。
「愛華の時間は、店の売上として計上してもらう。そして、その時間は俺がすべて買う。」
弟子たちが一瞬きょとんとする。
和春は続けた。
「つまり俺たちは”愛華の客”という扱いになる。店としては通常営業。愛華は店にいる理由ができる。俺たちも店に出入りする理由ができる。」
弟子の一人が思わず感心する。
「なるほど……。そういう形で表向きの辻褄を合わせるのか。」
愛華も頷いた。
「そうです。店の帳簿上も不自然になりません。」
「私は個人事業主として時間を提供し、その時間を和春が利用したという形になります。」
和春はさらに続ける。
「もちろん、その利用料は俺が負担する。ただし、その金額は今回の施工費とは別に、Boundary & Mind側の経費へ上乗せして処理する。」
「店には正規の形で支払いが行われる。愛華個人にも不利益はない。そして施工全体の予算に組み込む」
親方が腕を組んで笑う。
「そこまで考えてたか。」
和春は当然という表情だった。
「金の流れが不自然だと、後で必ず歪みが出る。だから最初に全部整える。」
弟子たちは顔を見合わせる。
「すげぇ……。そこまで考えるのがコンサルなんすね。」
和春は首を横に振った。
「違う。これはリスク管理だ。」
そして弟子たち一人ひとりを見回した。
「お前たちは施工だけに集中しろ。人の目、契約、
金、責任。その全部は、俺と愛華が持つ」
その一言に、親方は満足そうに笑った。
「だから安心して無茶ができるってわけだ」
和春も静かに頷く。
「ああ。現場は、お前たちを信じる」
図面を見つめていた弟子の一人が、ふと顔を上げた。
眼鏡を指で押し上げる。
親方の右腕。
現場では職人だが、見積りや経理も担当している男だった。
「一つ、確認してもいいですか。」
和春が頷く。
「ああ」
弟子は契約書を見ながら口を開く。
「今回の施工費って、店側では修繕費として処理しないんですよね?」
「でも、そうなると帳簿上はどうするんですか。」
「お金の流れが不自然になりません?」
親方が笑う。
「ほら始まった。数字の話になると止まらねぇ。」
弟子は苦笑した。
「経理担当なんで」
和春は資料を一枚取り出した。
「店からBoundary & Mindへ支払われるのは、施工費という名目ではない。」
「今回依頼されているのは、建物を含めた運営全体の改善提案だからな。」
「契約内容に沿って、コンサルティング費や監修費、業務委託費など、実際の業務内容に適した名目で契約している」
弟子は頷きながら聞いている。
和春は続けた。
「そしてBoundary & Mindが受けた業務の一部を、親方たちへ外部委託する。だから今度はBoundary & Mindから親方側へ、委託した業務内容に応じた契約で支払いを行う」
愛華も補足する。
「契約が一つではなく、それぞれの業務に合わせて分かれているだけです。」
「店とBoundary & Mind。」
「Boundary & Mindと親方。」
「契約相手も業務内容も異なりますので、お金の流れもそれぞれ対応した契約になります」
弟子は目を丸くした。
「……そういう組み方があるんですか。勉強になります」
和春は静かに答える。
「違法なことをするわけじゃない。契約と実際の業務が一致していれば、契約ごとに整理するのは珍しい話でもない」
弟子は感心したように息をつく。
「法律って難しいですね……。」
和春は小さく笑った。
「法律は弱い奴の味方じゃない。知っている奴の武器だ。だから知識がある人間は、同じ状況でも選択肢を増やせる」
愛華が微笑む。
「だから和春はコンサルタントなんだと思います。知らないから諦めるのではなく、知ることで選択肢を広げられるようにする。」
「それが和春の仕事です」
和春は照れくさそうに眉をひそめた。
「……余計なこと言うな」
愛華は楽しそうに笑う。
「本当のことですよ」
親方は豪快に笑い声を上げた。
「はははっ! やっぱりお前ら、いいコンビだな。」

