相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

契約を終えた頃には、外はすっかり暗くなっていた。

店主と固い握手を交わし、契約書をそれぞれが保管する。

老人は最後に和春へ言った。

「わしはまだ半信半疑だ。だが、お前さんの覚悟は見せてもらった。後は結果だけだ」

和春は短く頷く。

「任せとけ」

愛華も丁寧に一礼する。

「安心してお任せください」

二人は店を後にした。



その夜。

神代家――

Boundary & Mindの事務所兼自宅。

リビングには大きなテーブルが並び、その上には飛田新地の図面、施工図、工程表、材料リストが何枚も広げられていた。

親方と数人の弟子たちも集まり、全員が真剣な表情で図面を見つめる。

和春はホワイトボードへ歩き、ペンを手に取った。

「今回の条件は変わらない。営業は止めない。音は極力出さない。」資材搬入は目立たせない。外観は一切変えない。」

親方がニヤリと笑う。

「最高の縛りだな」

和春も小さく笑う。

「だから面白い。」

ホワイトボードには次々と線が引かれていく。

通常なら考えもしない施工順。

既存部材の再利用。

分解して運び、現地で組み立てる特殊な治具。

人の流れを利用した搬入方法。

営業を続けながら区画ごとに施工する工程。

親方は腕を組みながら何度も頷いた。

「普通の大工なら絶対やらねぇ。いや、思いつきもしねぇ」

弟子の一人が思わず呟く。

「……これ、建築っていうより手品じゃないっすか」

別の弟子も苦笑する。

「魔法みたいだ……」

親方は笑いながら言う。

「だから俺が呼ばれたんだよ。トリック職人の出番ってわけだ」

その時。

ふわりと料理の香りが部屋に広がった。

愛華が大皿を持ってリビングへ入ってくる。

「皆さん、お疲れ様です。まずは腹ごしらえにしましょう。」

煮込み料理。

焼き魚。

だしの香りが立つ味噌汁。

炊き立てのご飯。

彩り豊かな副菜まで並び、食卓は一気に賑やかになった。

「うわぁ……。」

弟子の一人が目を丸くする。

「いただきます!」

勢いよく箸を伸ばした。

一口。

二口。

全員の動きが止まる。

「……。」

沈黙のあと、一人が震える声で言った。

「……うま。」

別の弟子も慌てて頷く。

「何これ……。」

「店出せますよ!」

「いや、マジで!」

さらに一人は茶碗を抱えたまま目を潤ませる。

「和春さん……。」

「こんな飯毎日食えるんすか……。」

「マジで羨ましいです……。」

ぽろっと涙まで浮かべる。

「俺、もう帰りたくないっす……。」

部屋が笑いに包まれた。

愛華は少し照れたように微笑む。

「お口に合ったようで何よりです」

親方は苦笑しながら弟子たちの頭を軽く叩いた。

「お前らなぁ。女日照りなのは分かるが、情けねぇぞ」

弟子たちは口々に反論する。

「違うっす!」

「料理っす!」

「料理がうますぎるんす!」

「こんなの反則ですよ!」

親方は呆れ顔で肩をすくめた。

「結局、それだけ家庭的で綺麗な人が羨ましいってことだろ」

弟子たちは顔を見合わせ、観念したように苦笑する。

「……否定できません。」

和春は味噌汁を飲みながら、小さく笑った。

「食べ終わったら続きだ」

その一言で全員が姿勢を正す。

親方も湯飲みを置き、ニヤリと笑う。

「さて、魔法じゃねぇ。トリック建築、始めるか!」