相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

店の奥。

年季の入った座敷。

三人は低い机を囲み、湯気の立つ茶を口にしていた。

障子の向こうでは、人の出入りする足音が時折聞こえる。

廊下を歩く下駄の音。

店の者が静かに行き交う気配。

ときおり客と談笑するような声が遠くから漏れ、この店が今も営業を続けていることを感じさせる。

老人は湯呑みを置き、和春を見つめた。

「図面も見た。」

「修繕箇所も見た。」

「……だがな。」

腕を組む。

「本当にできるのか?」

和春は黙ってお茶を一口飲む。

老人は続けた。

「この街を何十年見てきたと思ってる。音がしただけで近所は気付く。木材を一本運んだだけでも誰かが見る。 見慣れない業者が歩けば、その日のうちに噂になる。組合の耳にも入る」

少し身を乗り出す。

「音も立てず。」資材も見られず。店も休まず。そんな改装があるなら、みんな苦労しねぇ」

部屋が静かになる。

愛華は湯呑みを静かに置いた。

「お気持ちは分かります。普通なら、不可能です。」

老人は頷く。

「だろう?」

愛華は微笑んだ。

「ですが。私たちは”普通”のやり方はしません。」

老人が目を細める。

「どういうことだ?」

愛華は和春を見る。

「説明しますか?」

和春は首を横に振った。

「まだ早い」

老人は眉をひそめる。

「信用しろってことか?」

和春は落ち着いた口調で答えた。

「違う。完成を見て判断してくれ。」

老人は鼻で笑う。

「随分自信があるじゃねぇか。」

和春は表情一つ変えない。

「自信じゃない。」

一拍置く。

「設計だ。」

老人は黙る。

和春は続けた。

「問題は建物じゃない。人の視線。人の思い込み。時間。物流。それぞれを分解して組み替える。だからできる。」

老人は腕を組み直した。

「……魔法みてぇな話だな。」

その言葉に、和春は初めて小さく笑った。

「よく言われる。でも魔法じゃない。全部、人間の心理と段取りだ。」

老人は和春をじっと見つめる。

長い人生で、多くの商売人や職人を見てきた。

だが。

目の前の若者だけは違う。

無謀なことを言っているようでいて、不思議と”できる前提”で話している。

その姿に、老人は思わず笑みを浮かべた。

「……いい。そこまで言うなら見せてもらおうじゃないか。その魔法じゃない”魔法”ってやつを‥ただな、あんた一つ聞く」

和春は頷く。

「なんだ?」

老人はじっと和春を見る。

「やり方は話せない。」

「それはいい。この世界にも事情ってもんがある。だがな」

その声色が一段低くなった。

「説明しないってことは、こっちは信用して預けるしかねぇ。だから条件がある」

部屋の空気が張り詰める。

愛華も自然と姿勢を正した。

老人は指を一本立てる。

「もし工事のせいで営業できなくなったらその日の売上。休業。全部、誰が責任を取る?」

二本目の指を立てる。

「この店で働く連中の補償。生活が止まる。その責任は誰が負う?」

三本目。

「万が一。組合や行政が動いて店が止まった。その責任。全部、誰が背負う?」

老人は和春を真っ直ぐ見据えた。

「説明しないでやるってのはな。全部かぶる覚悟があるってことだ。違うか?」

静寂。

障子の向こうから廊下を歩く足音だけが聞こえる。

和春は老人から目を逸らさない。

数秒。

そして、静かに口を開いた。

「当然だ」

その一言だけだった。

老人は眉一つ動かさない。

和春は続ける。

「原因がこちらにあるなら。営業損失。休業補償。必要な補償。すべてBoundary & Mindが負う」

愛華も続ける。

「契約書にも明記します。責任範囲。補償内容。万一の対応。すべて文章で残します。」

老人は腕を組んだまま聞いている。

和春はさらに言う。

「逆に言えば。その覚悟がない仕事は受けない」

部屋が静かになる。

老人は和春を見つめたまま、小さく息を吐いた。

「……若いのに腹ぁ括ってやがる」

愛華が穏やかに微笑む。

「和春は、責任を取れない仕事だけは絶対に引き受けません。」

老人は湯呑みを持ち上げ、一口飲む。

そして初めて、わずかに口角を上げた。

「そこまで言うなら。ようやく話を聞く気になった。まだ信用はしねぇ。だが、責任から逃げる男じゃねぇことだけは分かった」