相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

飛田新地 ― 下見

二日後。

和春と愛華は大阪・飛田新地を訪れていた。

今回は仕事の性質上、愛華もメイド服ではない。

白いブラウスに黒のジャケット。

ロングスカートという、ごく一般的な服装だ。

メイド服ではあまりにも目立つ。

この街では、“目立たない”ことこそ最大の武器だった。

二人は細い路地を歩き、目的の店へ向かう。

外から見れば、ごく普通の木造建築。

しかし近づけば分かる。

柱はわずかに沈み、床は場所によって軋む。

長い年月を耐えてきた建物特有の疲労が、随所に現れていた。

店の奥へ通される。

暖簾の向こう。

そこには、一人の老人が座っていた。

背筋は曲がっている。

年齢も八十近いだろう。

だが、その目だけは鋭い。

長年、この街を見続けてきた人間だけが持つ空気。

まるで昔の遊郭を切り盛りしていた”やり手婆”そのものだった。

老人は和春をじっと見つめる。

「……あんたが神代和春か?」

和春は軽く頭を下げる。

「そうだ」

老人は煙草を灰皿へ置く。

「普通のコンサルは売上だの営業だの、そういう話しかしねぇ‥だが、あんたんとこは違うらしいな。営業だけじゃねぇ。建物も、人も、心理も、法律も‥売上に繋がる全部を見てくれる。そんな噂を聞いた」

和春は表情を変えない。

「間違ってない」

老人は口元を少し緩めた。

「だから依頼した。この店はな‥」

天井を見上げる。

「もう限界なんだでも触れねぇ。触った瞬間、全部終わる。この街のルールも、法律も知ってる奴じゃねぇと無理だ。」

和春は静かに建物を見回す。

柱。

梁。

床。

天井。

数秒。

それだけで頭の中に構造図が組み上がる。

「……なるほど。」

短く呟く。

「思ったより酷いな。」

老人は苦笑した。

「だろ?それでも営業は止められねぇ。」

愛華も静かに建物を見ていた。

老朽化。

修繕箇所。

人の動線。

すべて頭の中で整理していく。

その時だった。

老人の視線が愛華へ向く。

「お嬢さん。綺麗だねぇ」

愛華は営業用の笑顔で軽く会釈する。

老人は笑う。

「うち来ないか?うちなら人気者になれるよ。」

和春は無反応。

愛華も慣れた様子だった。

「お気持ちはありがとうございます。ですが、お断りします」

柔らかい笑顔。

しかし即答だった。

老人は少し驚き、それから豪快に笑った。

「はっはっは!気持ちいいくらい振るねぇ!」

愛華も微笑んだまま答える。

「私は、この仕事が好きですので」

老人は煙草を一本取り出す。

火を付けながら言う。

「ますます気に入った。普通なら困る。あんたは笑って断る!肝が据わってる」

愛華は軽く頭を下げた。

「ありがとうございます」

老人は和春へ視線を戻す。

「いい相方を持ったな」

和春は一言。

「ああ」

その短い返事だけで十分だった。

老人は満足そうに笑う。

「やっぱり噂は本当らしい面白ぇ仕事になりそうだ」