相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

■同日 ― 帰宅後

喫茶店を出たあと。

街のざわめきから切り離されるように、二人は帰宅していた。

玄関の扉が閉まると、外の音が一気に遠ざかる。

静かな空間。

いつもの場所。

和春は迷いなくリビングへ向かい、そのままソファに腰を下ろす。

ノートPCを開く。

一瞬で画面に表示されるのは――

モデル事務所の案件。

「……やるか」

小さく呟く。

すでに頭の中では完成している。

あとは“出力”するだけ。

キーボードを叩く音が、規則的に響き始める。



一方で。

愛華もすでに動いていた。

タブレットを開き、スケジュールを確認する。

「明日……」

小さく呟く。

・午前 中小企業コンサル
・午後 個人相談
・夕方 海外案件(オンライン)

さらにスクロール。

「……詰まってますね」

だが表情は変わらない。

むしろ、どこか計算している。

そこへ――

会社用携帯が鳴る。

愛華は一瞬で取る。

「はい、Boundary & Mindの天城です」

落ち着いた声。

迷いがない。

相手の話を聞きながら、同時にタブレットへメモを取る。

「はい。内容、承知しました」

少し間。

「対応可能です」

そのままスケジュールを一瞬確認し、空きに差し込む。

「詳細は後ほど共有ください」

通話を終える。

一連の動作に無駄はない。

愛華が和春を見る。

「新規案件、入れました」

和春は画面から目を離さない。

「だろうな」

愛華が小さく言う。

「断る理由ありませんから」

和春は短く言う。

「構造が読める案件は全部取る」

愛華はわずかに微笑む。

「ええ、そのために私がいます」



キーボードの音が続く。

画面にはすでに構造が組み上がっていた。

・モデル分類設計
・ブランド導線
・SNS戦略
・収益構造

思考がそのまま文章になる。

迷いがない。

止まらない。

愛華がふと画面を見る。

「……やっぱり早いですね」

和春は一言。

「遅い方だ」

愛華は苦笑する。

「それ、普通の人が聞いたら絶望します」

和春は気にしない。

そのまま入力を続ける。



再び電話が鳴る。

愛華はすぐに取る。

「はい、Boundary & Mindの天城です」

同じトーン。

同じ精度。

その横で。

和春はすでに別の思考に入っている。

二つの仕事が同時に進む。

だがズレはない。



通話を終えた愛華がぽつりと言う。

「……忙しくなりますね」

和春は短く返す。

「いつも通りだ」

愛華はタブレットを閉じながら言う。

「和春の思考を先読みできないようでは」

少し間。

「相方は務まりません」

和春は一瞬だけ手を止める。

そしてまた動かす。

「なら問題ないな」

愛華は静かに頷いた。

「はい」

部屋には再び音が響く。

キーボード。

そして、次の着信。

止まらない。

だがそれが――

この二人の通常だった。

■同日 ― 夜、リビング

キーボードの音が、一定のリズムで部屋に響いていた。

和春はソファに座り、画面に向かっている。
モデル事務所の改善提案書は、すでに骨組みを超え、ほぼ完成に近い状態だった。

その横で、愛華はタブレットと会社用携帯を使いながら、スケジュールと案件の整理を続けている。

完全に、いつもの流れ。

その時――

和春の個人携帯が震えた。

ブッ、と短い振動。

和春がちらっと画面を見る。

「……瀬奈か」

愛華も少しだけ顔を上げる。

和春はそのまま通話ボタンを押した。

「もしもし」

電話の向こう。

少し緊張した声。

「あ、あの……和春さん」

「相沢です」

和春は短く答える。

「分かってる」

少し間。

瀬奈は言葉を選びながら続ける。

「あの……まだ、自分がコンサルなんてできるか分からないんですけど……」

声が少しだけ小さくなる。

「見学させてもらうことって……できますか?」

リビングの空気が一瞬だけ静かになる。

愛華は何も言わない。

ただ和春の返答を待っている。

和春は即答した。

「いいぞ」

瀬奈が一瞬言葉を失う。

「え……?」

和春は続ける。

「いつでも来い見るのも勉強だ」

シンプルだった。

余計な説明はない。

だが、それで十分だった。

電話の向こうで、瀬奈の呼吸が少し変わる。

「……ありがとうございます!」

少し明るい声になっていた。

「邪魔にならないようにします!」

和春は一言。

「気にするな」

そのまま通話を切る。

静寂が戻る。

愛華が小さく言う。

「来ますね」

和春は画面に視線を戻しながら言う。

「来るだろ」

愛華は少しだけ微笑む。

「素直な子ですから」

和春が言う。

「回転も速い」

一瞬だけ手を止める。

「見れば分かる」

愛華が頷く。

「ええ」

少し間。

「伸びますね」

和春は淡々と返す。

「伸びるやつは勝手に伸びる」

再びキーボードを叩き始める。

愛華もタブレットに視線を戻す。

またいつもの空気に戻る。

だが――

ほんの少しだけ。

この場所に、新しい風が入る予感があった。