相方兼メイドが、恋だけは距離バグってる

■モデル事務所 社長室

扉を開けた瞬間、空気が少し変わった。

広い室内。
大きな窓から差し込む光。
洗練された家具と、無駄のない配置。

そして中央のデスクの向こうに、一人の男が座っていた。

モデル事務所の社長。

年齢は四十代前半ほど。
スーツは上質で、立ち振る舞いからもただの経営者ではないことがわかる。

アリシアが一歩前に出る。

「社長」

「神代さんをお連れしました」

社長は立ち上がり、軽く頭を下げる。

「はじめまして」

そして――

視線が止まった。

愛華のメイド服。

ほんの一瞬。

だが確実に、意識がそこに向いた。

「……なるほど」

小さく呟く。

「話には聞いていましたが」

視線を愛華に向けたまま続ける。

「本当にメイド服で仕事をされているとは」

愛華はいつも通り、落ち着いた所作で一礼する。

「Boundary & Mindの愛華です」

「よろしくお願いいたします」

その姿は自然だった。

違和感がない。

むしろ――

完成されている。

社長は数秒、言葉を失っていた。

そして心の中で思う。

(……これは)

ただのパフォーマンスではない。

戦略だ。

視線を引き、印象に残る。

そして――

隣にいる男へ視線を移す。

和春。

若い。

だが目が違う。

社長はその視線で理解する。

(噂は本当か)

歩く専門書。

どんな業種でも対応するコンサル。

名前が広まっている理由。

そしてもう一度、愛華を見る。

整った顔立ち。

姿勢。

所作。

モデルにも負けていない。

むしろ――

(うちで欲しいくらいだな)

そう思うレベルだった。

社長は軽く笑う。

「失礼しました。少し驚いてしまって」

そしてソファを示す。

「どうぞ、お座りください」

和春と愛華が座る。

アリシアはその横に控える。

社長も席につきながら言った。

「なるほど」

小さく頷く。

「これは名前が売れるわけだ。メイド服の美人コンサルタント」

そして視線を和春へ。

「そして若き天才コンサル」

「……良い組み合わせですね」

和春は特に気にした様子もなく言う。

「見た目はどうでもいい」

社長が少し笑う。

「そうですね」

「ですが、ビジネスでは重要です」

愛華が静かに補足する。

「第一印象は意思決定に影響します」

社長が頷く。

「まさにその通りです」

空気が整う。

雑談は終わり。

仕事の空気へ切り替わる。

社長が前に身を乗り出す。

「では、本題に入りましょう」

テーブルに資料を置く。

モデル事務所の現状。

売上推移。

所属モデル数。

契約形態。

ブランド戦略。

和春はそれを一目見る。

そして。

いつもの一言。

「構造が甘いな」

社長の目が細くなった。

ここからが本番だった。


■モデル事務所 社長室 ― 打ち合わせ

室内の空気が一段階引き締まる。

先ほどまでの軽い空気は消え、
完全に“仕事の場”へと変わっていた。

テーブルの上には分厚い資料。

売上推移。
所属モデルの一覧。
契約形態。
ブランド計画。

社長はその一部を指で押さえながら言った。

「うちは今」

「ただのモデル事務所では終わるつもりはありません」

和春は無言で資料をめくる。

社長は続けた。

「一部のモデルを軸に」

「ブランド化する」

愛華が視線を上げる。

社長の目は真剣だった。

「いわば」

「アイドル化です」

少し間。

「ただし」

「歌やダンスではない」

和春がページを止める。

社長は言葉を選びながら続ける。

「目指しているのは」

「パリコレに近い形です」

部屋が少し静かになる。

アリシアもその言葉に少し背筋を伸ばした。

社長は立ち上がる。

壁に掛けられたパネルを指す。

そこには海外のコレクション写真。

ランウェイ。

観客。

ブランドロゴ。

「ファッションを軸に」

「人をブランド化する」

「モデル個人が“商品”になる」

そして振り返る。

「そしてそこから」

「オリジナルのアパレルブランドを展開する」

愛華が小さく頷く。

「インフルエンサーではなくブランドとしての影響力」

社長が笑う。

「その通りです」

和春は資料を閉じた。

そして一言。

「方向性は悪くない」

社長の目が少し鋭くなる。

評価を待っている。

和春は続けた。

「ただ」

少し間。

「設計が甘い」

空気がピリッと張る。

だが社長は引かない。

むしろ少し笑う。

「どのあたりが?」

和春は指を三本立てた。



■問題① 「アイドル化」の定義が曖昧

「まず一つ」

「アイドル化の定義が曖昧」

社長が言う。

「どういう意味ですか?」

和春は答える。

「アイドル化って言葉が雑だ。何をさせるのか? どこまでやるのか? どの層を狙うのか? 全部曖昧」

社長は黙る。

和春は続ける。

「パリコレは“作品”アイドルは“消費”真逆だ」

愛華が補足する。

「高級ブランドは憧れを作ります。アイドルは親近感でファンを作ります。この二つは同時に成立しにくい」

社長がゆっくり頷く。

「……なるほど」



■問題② タレントの強みの設計不足

和春が資料を叩く。

「二つ目人の使い方が甘い」

アリシアが少し反応する。

和春は続ける。

「美男美女が多いのは分かった。でもそれだけじゃ売れない」

社長が聞く。

「では何が必要ですか?」

和春は言った。

「役割。キャラ、ストーリー」

愛華が補足する。

「人は見た目ではなく意味でファンになります」

社長が目を細める。

和春が続ける。

「このモデルは何者かそれがない」



■問題③ ブランド導線が弱い

和春が最後のページを指す。

「三つ目」

「アパレルへの導線」

社長が言う。

「そこが一番重要です」

和春は頷く。

「だから甘い」

社長が一瞬黙る。

和春は言う。

「モデルが売れる。ブランドが売れる。この間の導線が弱い」

愛華が静かに説明する。

「ファンがなぜその服を買うのか、理由が必要です」

「憧れだけでは弱い」

和春が言う。

「“この人みたいになりたい”そこまで設計しろ」



■社長の反応

部屋は静かだった。

社長はしばらく何も言わない。

資料を見つめたまま。

そして――

ゆっくり息を吐いた。

「……面白い」

顔を上げる。

その目は、さっきよりもはっきりしていた。

「そこまで言われるとは思っていませんでした」

和春は淡々としている。

「事実だ」

社長は笑った。

「ですが否定ではなく改善ですね」

愛華が言う。

「はい方向性は正しいです。設計を変えれば伸びます」

社長は背もたれに体を預けた。

「なるほどだから」

小さく笑う。

「アリシアがあなたを推したわけだ」

アリシアが少し照れる。

「……すみません、勝手に」

和春は気にしていない。

社長は前に身を乗り出す。

「ではその設計やっていただけますか?」

和春は一言。

「やる」

愛華がすぐ補足する。

「条件次第ですが」

社長が笑う。

「もちろんです」

新しい仕事が、完全に動き出した。