ずっと、いっしょ。

日曜の午後、母に頼まれて祖母の家へ行った。 

「顔出してあげなさいよ。最近あんた全然行ってないでしょ」

 言われてみればそうだった。
 歩いて十五分ほどの古い平屋。
 庭の柿の木は、昔より小さく見える。

「ばあちゃん」

 引き戸を開けると、風鈴の音がかすかに鳴った。
 縁側に祖母が座っている。
 背中が丸くなった気がする。

「あら」

 ゆっくり顔を上げる。

「キョウかい」
「うん」
「大きくなったねえ」

 前にも言われた気がする。
 座布団を出されて、隣に座る。
 麦茶が出てくる。
 氷が、からりと鳴る。

「最近どうだい」
「普通」
「学校は?」
「普通」

 自分でも語彙が少ないと思う。
 祖母はうなずきながら、じっとこちらを見る。
 その視線は、昔とあまり変わらない。

「三人、仲良くやってるかい」

 不意だった。
 胸が、どくりと鳴る。

「……三人?」
「ほら、あんたたち」

 柔らかい声。
 何気ない調子。
 でも、はっきり“三人”と言った。

「二人だよ」

 思ったより早く口が動いた。

「俺とタツキ」

 祖母は、きょとんとした顔をする。

「ああ」

 少し間を置いて、

「そうだったねえ」

 笑う。

「ばあちゃん、ボケた?」

 冗談めかして言うと、

「かもしれないねえ」

 また笑う。
 でも、その目は一瞬だけ真剣だった気がした。
 すぐに、いつもの柔らかさに戻る。

「タツキは元気かい」
「元気」
「優しい子だからねえ」


 その言い方に、少し引っかかる。
 “優しい子”というより。
 “優しかった子”みたいな響き。
 気のせいだ。
 祖母は最近、物忘れが増えたと母が言っていた。
 縁側の向こうに、田んぼが少し見える。
 夏の終わりの色。
 今日は風がある。
 ちゃんと、風で揺れている。

「……ばあちゃん」
「ん?」
「昔さ、俺らって」

 言いかけて、やめる。
 三人だった?
 そんなことを、何の根拠で聞くんだ。

「なんでもない」
「変な子だねえ」

 祖母は笑う。
 その笑い方は、本当に年寄りのそれで。
 少し寂しい。
 帰り際、玄関で靴を履いていると、祖母が後ろから言った。

「見るんじゃないよ」

 心臓が跳ねる。

「……何を」

 振り向くと、祖母は首を傾げている。

「何の話だい?」
「今、何か言った」
「言ってないよ」

 本当にわからない、という顔。
 皺だらけの手が、ゆっくり戸を押さえる。

「気をつけて帰るんだよ」

 外に出る。
 日差しがまぶしい。
 さっきの言葉は、聞き間違いかもしれない。
 家に戻ると、母が台所にいた。

「ばあちゃん元気だった?」
「まあ」
「最近ちょっとね」

 母はため息をつく。

「認知症、始まってるみたいなのよ」

 心臓が、もう一度だけ強く鳴る。

「やっぱり?」
「三人いるとか言い出したりしてさ」

 包丁の音が、一定のリズムで鳴る。

「昔のことと今が混ざってるのよ」
「……そうなんだ」
「気にしなくていいから」

 母は振り向かない。
 ただ、いつも通りの声。
 三人。
 やっぱり祖母は言った。でも、それは認知症のせい。そういうことになっている。
 部屋に戻る。カーテンを閉める。薄暗い。スマホを開く。プリクラの三人が、笑っている。
 普通だ。何もおかしくない。それなのに。
 祖母の声が、頭の奥で小さく響く。

 ――三人、仲良くやってるかい。

 俺は、ゆっくりと目を閉じた。
 風は、ちゃんと吹いている。