ずっと、いっしょ。

春。
大学のキャンパスはやけに広い。
知らない顔ばかりで、誰も過去を知らない。
それが、少しだけ救いだった。
キョウとタツキは、駅から十分ほどのアパートで暮らし始めた。
一階。角部屋。
築年数は古いけれど、日当たりは悪くない。
引っ越し初日。
段ボールの山の中で、キョウは笑った。

「なんか、変な感じ」
「なにが?」
「ずっと一緒にいるの」

タツキが微笑む。

「ずっと一緒って選んだのは、そっちじゃん」

その言葉に、キョウは少しだけ胸がちくりとする。
——ずっと一緒。
昔、誰かが言った言葉に似ている気がして。
でも、思い出さない。
思い出さないと決めている。
夜。
新しい部屋の匂い。
カーテン越しの街灯。
同じベッドに並んで横になる。
タツキの体温が、すぐ隣にある。
安心する。
ちゃんと、人間の温度。
規則正しい呼吸。

「キョウ」

暗闇の中で呼ばれる。

「なに」
「幸せ?」

少し考える。
本当は、考えなくてもいい質問だ。

「……うん」

答える。
嘘ではない。
本当に、幸せだと思う。
タツキは満足そうに目を閉じる。
その横顔を、キョウは見つめる。
完璧だ。
昔よりも、ずっと。
喧嘩もほとんどない。
価値観も合う。
欲しい言葉を、欲しいときにくれる。
まるで。
キョウの思考を先回りしているみたいに。
——それは昔からだっただろうか。
一瞬だけ、違和感が浮かぶ。
でも、すぐに溶ける。
選んだのは自分だ。
あの日。
田んぼで。
名前を呼んだ。
固定した。
その結果が、今。
朝。
キッチンに立つタツキの背中を見る。
エプロン姿。
味噌汁の匂い。

「焦げるよ」

キョウが言う前に、タツキが火を弱める。
振り返る。

「考えてること、顔に出てる」

笑う。
優しい顔。
完璧な距離。
キョウは、ふと窓の外を見る。
遠くに、小さな空き地がある。
雑草が揺れている。
白いビニール袋が風に舞う。
一瞬。
くねくねと、揺れた気がした。
胸がざわつく。
瞬きをする。
ただのゴミだ。
何もない。
もう、あれはいない。
田んぼの白い影は、消えた。
世界は安定している。
隣を見る。
タツキが、じっとこちらを見ている。
笑っている。
その目の奥が、ほんの少しだけ深い。
底が見えない。
でも。
その目に映っているのは、自分だけだ。
キョウは笑い返す。

「今日、講義何時?」
「十時」
「じゃあ急がなきゃ」

並んで玄関を出る。
鍵を閉める。
二人の生活。
二人の世界。
ずっと一緒。
白い影は、もういない。
なぜなら。
それはもう、外にはいないから。
同じ部屋で、
同じ未来を歩いている。