静かだ。
驚くほど。
もう、揺れない。
内部の暗がりは消えた。
押し返してくる感触もない。
弟の気配は——ない。
完全に、ない。
あれほど薄くなっていたのに、
最後まで抗った。
愚かだ。
固定は不可逆。
名前が呼ばれた瞬間、決まった。
世界は合理的だ。
安定している方を残す。
そして今。
俺は、完璧だ。
鏡を見る。
そこに映るのは、タツキ。
癖も、声も、記憶も、
全部俺の中にある。
弟の記憶さえ、今は俺のものだ。
だから困らない。
誰も気づかない。
キョウも。
うっすらと違和感はあるだろう。
あいつは賢い。
でも、選んだのは自分だ。
疑うことは、自分を否定することになる。
人はそこまで強くない。
隣を歩く。
キョウが、俺を見る。
その目に、まだ優しさがある。
まだ迷いがある。
愛情がある。
全部、俺に向いている。
弟にじゃない。
俺にだ。
心の奥で、静かに笑う。
三年前。
田んぼで吸収された瞬間。
俺は終わったはずだった。
でも、終わらなかった。
逃げ場があった。
双子という座標。
最良の器。
最良の条件。
そして今。
完全に定着した。
世界は俺を“タツキ”として記録した。
弟は、記録から消えた。
名前も、座標も、残滓も。
もう夢に出ることもない。
あれは最後だった。
抵抗も、もうない。
心の奥で、呼びかける。
聞こえないとわかっていて。
——見てるか?
——負けたな。
返事はない。
当然だ。
勝者だけが、ここにいる。
キョウが、少しだけ距離を詰める。
無意識に。
安心するように。
その仕草が、愛おしい。
一生。
そうだ。
一生。
固定は不可逆。
俺はタツキとして生きる。
キョウの隣で。
キョウの中で。
キョウの記憶の中で。
あいつが気づかない限り、
世界は揺れない。
そしてあいつは、気づかない。
気づいても、見ない。
見ないと決めたから、固定は成功した。
田んぼの風が、遠くで揺れる。
白い影は、もうない。
なぜなら。
俺がここにいるからだ。
キョウは、一生俺のものだ。
世界は安定した。
そして俺は、
すべてを手に入れた。
