ずっと、いっしょ。

数日後。
世界は、何事もなかったように回っている。
朝は来るし、
授業は退屈で、
昼休みは騒がしい。
宮野の話題も出ない。
田んぼのことも出ない。
祖母の手帳は、机の奥にしまったままだ。
タツキは隣にいる。
自然に。
完璧に。
笑うタイミングも、
歩く速さも、
視線の向け方も、
何もかもが、ちょうどいい。
以前よりも、ずっと。

「最近、元気だね」

クラスメイトが言う。
タツキは笑う。

「そう?」

その横顔を、キョウは見ている。
違和感は、消えていない。
むしろ、はっきりしている。
以前のタツキは、少しだけ曖昧だった。
言葉に詰まる瞬間があった。
考え込む時間があった。
今はない。
返答は速い。
選択は迷わない。
感情の揺れが、最小限だ。
安定している。
世界が選んだ形。
放課後。
帰り道。
田んぼの横を通る。
あの日以来、初めて。
風が吹く。
稲が揺れる。
キョウは、視界の端で探す。
白いもの。
くねくねと揺れる影。
あれは——いない。
どこにも。
胸の奥に、静かな理解が落ちる。
いないのは、当然だ。
固定された。
揺らぎは、整えられた。
世界は安定を選んだ。

「どうした?」

タツキが聞く。
声は柔らかい。
キョウは首を振る。

「……なんでもない」

並んで歩く。
風の中。
その横顔を見る。
完璧だ。
でも。
ほんの、ほんの少し。
目の奥が、深すぎる。
底が見えない。
あの日、儀式の直前。
苦しんだときの目。
揺れていた目。
あれは、もうない。
完全に、ない。
キョウは気づいている。
うっすらと。
はっきりとは言語化しない。
しないようにしている。
選んだのは自分だ。
名前を呼んだ。
固定した。
世界は応えた。
だから。
今さら疑うのは、卑怯だ。

「なぁ」

キョウが、何気なく言う。

「もしさ、あの日……」

言いかけて、やめる。
タツキがこちらを見る。

「なに?」

笑っている。
その笑顔は、完璧だ。
キョウは、何も言わない。
ただ、手を伸ばす。
タツキの手に触れる。
温かい。
ちゃんと、人の温度。
それでも。
胸の奥で、静かな声がする。
——選ぶな。
もう遅い。
キョウは、笑う。

「ううん、なんでもない」

二人は歩く。
田んぼの風が背を押す。
白い影は、もういない。
あのくねくねと揺れる存在は、消えた。
世界は安定した。
揺らぎはなくなった。
なぜなら。
それはもう、外にいないから。
隣にいる。
キョウの、すぐ隣に。
風が吹く。
稲が揺れる。
その動きは、どこか人の形に似ている。
でも、誰も気づかない。
気づかないまま。
世界は、正しく、安定している。
——終。