ずっと、いっしょ。

田んぼの縁に立つ。
夕陽が低い。
稲の穂が白く光り、風が一定の方向へ流れている。
あの日と、同じだ。
キョウは鞄から手帳を取り出す。
指が震える。
開いたページ。

風が北へ流れる日
影が地に落ちぬ刻
二つの座標が揃う場所にて

今だ。
条件は揃っている。
タツキが一歩、前に出る。
夕陽を背にして立つ。
影が、足元でほとんど消えている。
世界が、静かだ。
虫の音も止んでいる。
キョウは息を吸う。
言葉を、読もうとする。
その瞬間。
——待て。
耳鳴りのような音。
視界が、わずかに歪む。
タツキが、ぴたりと動きを止める。
次の瞬間。

「……っ」

タツキが頭を押さえる。
膝が揺れる。
初めて見る動揺。
顔が歪む。
苦しそうだ。
呼吸が乱れる。

「タツキ?」

キョウが近づく。
タツキの目が、揺れている。
——揺れている。
そこに、迷いがある。
恐怖がある。
必死さがある。
唇が震える。

「……キョウ」

声が、違う。
かすれている。
柔らかい。
あの、夢の声。
胸が凍る。

「やめろ」

はっきりと聞こえる。
風が逆巻く。
稲が一斉に揺れる。
タツキの指が、キョウの腕を掴む。
強くはない。
でも必死だ。

「固定……するな」

言葉が途切れる。
目が、真っ直ぐにキョウを見る。
迷いのある目。
守ろうとする目。
本物だ。
間違いない。
キョウの喉が詰まる。

「タツキ……?」

次の瞬間。
タツキの身体が、大きく震える。
頭を強く押さえる。
苦痛の表情。
歯を食いしばる。

「……うるさい」

低い声。
空気が変わる。
目の揺れが、消える。
代わりに、冷たい光が戻る。
呼吸が整う。
姿勢が戻る。
手が離れる。
数秒。
たった数秒。
タツキはゆっくりと顔を上げる。
何事もなかったように。

「……ごめん。立ちくらみ」

穏やかな声。
完璧な調子。
さっきまでの苦しみが嘘のようだ。
キョウは言葉を失う。
今のは。
幻覚じゃない。
夢でもない。
確かに、戻った。
一瞬だけ。
残滓が。
本物が。
最後の干渉。
タツキが微笑む。

「続けよっか」

その声は、滑らかすぎる。
風がまた一定の方向に揃う。
世界が、整い直す。
さっきの揺れを、なかったことにするように。
キョウの手の中で、手帳が震える。
やめる?
今なら。
今なら止められる。
でも。
さっきの言葉が刺さる。
——固定するな。
もし固定しなければ。
この苦しみが、続く。
今のような衝突が、何度も起きる。
削り合いながら。
どちらも壊れながら。
キョウは目を閉じる。
怖い。
でも。
曖昧は、もっと怖い。
目を開ける。

「……続ける」

自分の声が、遠い。
タツキの口元が、ほんのわずかに深くなる。
気づかれない程度に。
その奥で。
タツオミは理解する。
——今のが、最後だった。
もう二度と、出てこない。
固定は、目前だ。
夕陽が沈む。
影が、消える。
儀式が始まる。