朝は、あまりにも普通だった。
目玉焼きの焼ける匂い。
テレビの天気予報。
窓の外の光。
昨夜の夢が嘘のようだ。
——選ぶな。
胸の奥に、まだ残っている。
あのかすれた声。
あの迷いのある笑い方。
キョウは洗面所の鏡を見る。
自分の顔が、少しだけやつれている。
「曖昧でいろ」
もし曖昧のままでいたら。
タツキは半分のまま。
タツオミも半分のまま。
世界は歪み続ける。
違和感は消えない。
記憶は揺れる。
いつか、もっと大きく崩れるかもしれない。
怖い。
曖昧は、怖い。
はっきりしてほしい。
正解がほしい。
どちらかであってほしい。
その思考に気づいて、キョウは唇を噛む。
——それが罠かもしれないのに。
学校へ向かう道。
タツキが隣を歩く。
「昨日、ちゃんと寝た?」
普通の声。
普通の距離。
キョウは横目で見る。
完璧だ。
影はない。
歪みもない。
むしろ、以前より優しい。
以前より、キョウのペースに合わせてくる。
……こんなこと、あっただろうか。
違和感はある。
でも。
でも。
ここまで自然なら。
もしこれが“タツオミ”だったとして。
何が違う?
優しくて、
守ってくれて、
笑ってくれるなら。
本物かどうかなんて——
思考を振り払う。
違う。
それは違う。
手帳の言葉が浮かぶ。
固定は、世界にとって都合のいい形を選ぶ。
都合。
それはキョウにとって、ではない。
世界にとって。
世界が安定を優先するなら。
それは冷酷だ。
ならば。
儀式を行うなら。
自分が見届けなければならない。
他人任せではだめだ。
選ばないという選択は、
ただの先延ばしだ。
いつか、強制的に固定されるかもしれない。
なら。
自分の意思で。
自分の目で。
キョウは決める。
放課後、田んぼへ行く。
手帳に書かれた条件は、ほぼ揃っている。
場所。
時間。
三年前と同じ風向きの日。
偶然かどうかは、もう考えない。
進むと決めた。
怖い。
正直、吐きそうだ。
でも。
止まる方が、もっと怖い。
タツキがこちらを見る。
「どうかした?」
一瞬。
キョウは言いかける。
やめよう、と。
でも言わない。
代わりに、笑う。
「放課後、ちょっと付き合って」
タツキの目が、ほんのわずかに光る。
「いいよ」
その返事は、早すぎた。
でもキョウは、もう引き返さない。
選ばないと言われた。
でも。
自分は選ぶ。
それが間違いでも。
たとえ。
本物のタツキの最後の願いを、踏みにじることになっても。
夕方、風が出る。
田んぼが揺れる。
物語は、止まらない。
目玉焼きの焼ける匂い。
テレビの天気予報。
窓の外の光。
昨夜の夢が嘘のようだ。
——選ぶな。
胸の奥に、まだ残っている。
あのかすれた声。
あの迷いのある笑い方。
キョウは洗面所の鏡を見る。
自分の顔が、少しだけやつれている。
「曖昧でいろ」
もし曖昧のままでいたら。
タツキは半分のまま。
タツオミも半分のまま。
世界は歪み続ける。
違和感は消えない。
記憶は揺れる。
いつか、もっと大きく崩れるかもしれない。
怖い。
曖昧は、怖い。
はっきりしてほしい。
正解がほしい。
どちらかであってほしい。
その思考に気づいて、キョウは唇を噛む。
——それが罠かもしれないのに。
学校へ向かう道。
タツキが隣を歩く。
「昨日、ちゃんと寝た?」
普通の声。
普通の距離。
キョウは横目で見る。
完璧だ。
影はない。
歪みもない。
むしろ、以前より優しい。
以前より、キョウのペースに合わせてくる。
……こんなこと、あっただろうか。
違和感はある。
でも。
でも。
ここまで自然なら。
もしこれが“タツオミ”だったとして。
何が違う?
優しくて、
守ってくれて、
笑ってくれるなら。
本物かどうかなんて——
思考を振り払う。
違う。
それは違う。
手帳の言葉が浮かぶ。
固定は、世界にとって都合のいい形を選ぶ。
都合。
それはキョウにとって、ではない。
世界にとって。
世界が安定を優先するなら。
それは冷酷だ。
ならば。
儀式を行うなら。
自分が見届けなければならない。
他人任せではだめだ。
選ばないという選択は、
ただの先延ばしだ。
いつか、強制的に固定されるかもしれない。
なら。
自分の意思で。
自分の目で。
キョウは決める。
放課後、田んぼへ行く。
手帳に書かれた条件は、ほぼ揃っている。
場所。
時間。
三年前と同じ風向きの日。
偶然かどうかは、もう考えない。
進むと決めた。
怖い。
正直、吐きそうだ。
でも。
止まる方が、もっと怖い。
タツキがこちらを見る。
「どうかした?」
一瞬。
キョウは言いかける。
やめよう、と。
でも言わない。
代わりに、笑う。
「放課後、ちょっと付き合って」
タツキの目が、ほんのわずかに光る。
「いいよ」
その返事は、早すぎた。
でもキョウは、もう引き返さない。
選ばないと言われた。
でも。
自分は選ぶ。
それが間違いでも。
たとえ。
本物のタツキの最後の願いを、踏みにじることになっても。
夕方、風が出る。
田んぼが揺れる。
物語は、止まらない。
