ずっと、いっしょ。

夜が深まるにつれて、部屋の影はゆっくりと濃くなっていった。
窓から差し込む街灯の光が、カーテン越しに揺れ、天井に淡い波を描く。
ベッドに横になったまま、キョウは目を閉じきれずにいた。
昨日の学校で感じた、あの微妙な違和感が、まだ胸の奥に残っている。
教科書のページのずれ。
友人のペンの音の遠さ。
教室の空気の、あの重み。
どれも確かに現実だったはずなのに、思い返すたび、心の奥がざわつく。
眠気が訪れる前に、夢の断片がゆらりと浮かび上がる。
薄暗い廊下。
見覚えのある扉。
誰かの気配。
足音も、声もない。
それなのに、すぐそばに誰かが立っていた、という感覚だけが鮮明に残っている。
夢の中の廊下は、現実の校舎と同じ造りのはずなのに、どこか歪んでいた。
天井が少し低く、光が届かず、奥行きが不自然に長い。
胸が、きゅっと締めつけられる。
目を閉じると、映像が断片的に浮かぶ。
小さな手が、何かを差し出す瞬間。
懐かしい笑い声。
庭に落ちる木漏れ日。
そして——

「タツ……?」

思わず声に出しかける。
けれど、また喉で止まる。
あと少しで届きそうなのに、指先からすり抜ける。
心の奥に、確かな手がかりが眠っている。
昨日まで感じていた違和感は、この名前に繋がっている気がした。
キョウは勢いよく布団を抜け出す。
ふと、祖母の顔が浮かんだ。
もう、この世にはいないおばあちゃん。
けれど、彼女は昔から何かを知っているような目をしていた。
あの人の残したものの中に、答えがあるかもしれない。
そう思った瞬間、じっとしていられなくなった。
階段を駆け下り、居間へ向かう。
廊下の軋む音が、夜の静けさにやけに大きく響く。
祖母の遺品は、大きな桐の箱に丁寧にしまわれている。
昔から、どこか秘密めいたものを集める癖があった人だ。
ただの思い出の品ではない——
そんな直感があった。
箱の蓋を開ける。
古い写真。
黄ばんだ封筒。
紐で結ばれた手紙。
布製の小さな袋。
そして、一冊の小さな手帳。
革の表紙は色褪せ、角は擦り切れている。
何度も開かれ、閉じられた痕跡があった。
キョウはそっとページをめくる。
ぎっしりと書き込まれた文字。
見慣れない図形。
ところどころに並ぶ名前。
ページをめくるたびに、胸の鼓動が速くなる。
読みにくい箇所もある。
けれど、不思議と意味の断片だけは頭に入ってくる。

「これ……ばあちゃんの……手帳……」

小さく呟き、指先で文字をなぞる。
祖母が気にかけていた人物の記録。
断片的な出来事。
そして——タツキの名前。
些細な記述だが、確かにそこにある。
夢の中で見た映像と、手帳の内容が、ゆっくりと重なっていく。
部屋の明かりがかすかに揺れる
外の風がカーテンを動かす。
静かな夜の中で、キョウは手帳を胸に抱きしめた。
昨日までは、ただ不安だった。
けれど今は違う。
知りたい、確かめたい。
その思いが、はっきりと形を持ち始めている。
この小さな手帳は、
過去と現実、夢と記憶の境界に立つキョウにとって、最初の手がかりだった。
閉じた瞳の奥で、ばらばらだった記憶の欠片が、
ゆっくりと輪郭を結び始めていた。