ずっと、いっしょ。

結局、「三人」という言葉は消えなかった。
 教室に入って、席に着いて、ホームルームが始まっても、頭のどこかに引っかかっている。
 三人。俺と、タツキと、あと一人。
 黒板にチョークが走る音を聞きながら、ノートの端に無意識で「3」と書いていた。

「何それ、暗号?」

 隣の席の宮野が覗き込む。
 慌てて手で隠した。

「なんでもない」
「テスト範囲覚えろよ。三とか言ってる場合じゃないぞ」

 笑いが起きる。
 つられて笑う。
 普通だ。
 いつも通りの教室。
 エアコンの風、プリントの匂い、だるそうな教師の声。
 俺はちゃんとここにいる。
 十分休憩という憩いの場(幸せな時間)

「昨日の配信見た?」
「最後やばくなかった?」
「お前ああいうの好きだよな」

 くだらない話で盛り上がる。
 笑う。
 ちゃんと楽しい。
 なのに。
 ふとした瞬間、会話が遠くなる。
 三人。
 この三人じゃない。
 違う。
 もっと昔。
 もっと、近い。

「キョウ?」
「え?」
「ぼーっとしてる」
「してない」

 している。
 夢の中の声が、薄く響く。
 ――三人だったろ?
 違う。
 違うはずだ。
 そのとき、教室の後ろがざわついた。

「お、イケメン来た」
「キョウ迎え?」

 宮野がニヤつく。
 振り向くと、廊下側の扉のところにタツキが立っていた。
 こちらを見ている。

「何しに来たんだよ」
「用事」

 短く答えて、中に入ってくる。
 自然な顔。
 でも、視線はまっすぐ俺に向いている。

「ちょっと貸して」
「は?」

 腕を軽く掴まれる。

「え、何何」
「連行?」

 後ろで面白がる声。

「すぐ返すから」

 タツキは笑う。
 いつもの笑顔。
 でも、指先の力が少しだけ強い。
 廊下に出る。

「何だよ」
「そういや、さっき言ってた“三人”って何」

 いきなり核心だった。
 俺は言葉に詰まる。

「……別に」
「夢だろ?」
「多分」

 タツキはじっと俺を見る。
 まばたきが少ない。

「変なこと考えんなよ」
「考えてない」
「俺とお前だろ」

 また、その言い方。
 強い。
 訂正させない響き。

「うん」

 頷くと、タツキは満足したように少しだけ目を細めた。
 その顔が、妙に安心しているように見えた。
 安心。
 何に?

「ほら、戻れよ」

 背中を軽く押される。
 教室に戻ると、宮野たちがにやにやしている。


「何だった?」
「告白?」
「ばか」

 笑いながら席に座る。
 タツキは扉のところで一瞬だけ立ち止まり、もう一度こちらを見た。
 視線が合う。
 逸らせない。
 その目の奥に、ほんの少しだけ。
 焦りみたいなものが見えた気がした。
 でも次の瞬間には、いつもの穏やかな顔に戻る。
 扉が閉まる。
 教室のざわめきが戻る。

「仲いいよなあ、お前ら」

 宮野が言う。

「腐れ縁」

 そう答えながら、窓の外を見る。
 校庭の向こうに、少しだけ田んぼが見える。
 昼の光の中では、ただの緑だ。
 何も揺れていない。
 普通だ。
 俺は、普通の高校生で。
 タツキは、幼馴染で。
 三人なんて、どこにもいない。
 なのに。
 胸の奥で、何かが静かに数を数えている。
 一。
 二。
 ――。
 そこで、止まる。