「俺から離れるな」
その声が落ちた瞬間。
キョウの足が、勝手に動いた。
振り向かない
見ない、見れない。
白いものも、影も、タツキも。
全部、見ない。
柵を押しのけ、土を蹴る。
田んぼ道を全力で走る。
背後で、何かが水を割る音。
呼ぶ声。
「キョウ」
二重に重なる。
耳を塞ぎたい、でも腕は振るしかない。
息が切れる、視界が揺れる。
勢いあまって道路に飛び出す。
左右も確認しないまま。
できない。キョウにはそんな余裕などなかった。
頭が真っ白だった。
クラクション。
急ブレーキ。
横からライトが迫り
瞬間まっ白。
衝撃——のはずだった。
強い力で引き倒される。
アスファルトに転がる。
誰かが上に覆いかぶさるのがわかった。
鈍い音。
骨の砕けるような音。
静寂。
数秒。
車の運転手が叫んでいる。
「大丈夫ですか!?」
視界が戻る。
重み。
胸の上。
タツキ。
血が流れている。
腕が、不自然な方向に曲がっている。
額は裂けている。
服も破れている。
「……タツキ」
声が震える。
さっきまで田んぼにいた。
追ってきた、わかってた。
なのに。俺を守った?
確実に、”キョウ”を庇った。
「……ばか」
タツキが笑う。
息は乱れていない。
「飛び出すなよ」
運転手は混乱した様子で。
救急車を呼ぶ声がその場に響く。
でもキョウの視線は、タツキの腕に釘付けだった。
折れている。
明らかに。
皮膚の下で、骨がずれている。
なのに。
皮膚の下からグキ、グキと音がする。
ありえない方向から、腕が戻る。
皮膚の下で、何かが滑る。
音が、する。
肉が整う音。
血が止まる。
裂け目が、閉じる。
目の前で。
ゆっくりと。
傷が、消えていく。
呼吸が止まる。
運転手は、気づいていない。
「……な」
声が出ない。
タツキが、キョウを見る。
心配そうに。
本気で。
「怪我ない?」
その目。
さっきの田んぼの冷たさはない。
ただ。
純粋に。
安堵している。
それが、怖い。
”人間じゃない”
なのに自分を守った。
迷いなく。
自分を、、、、
胸が、ぐちゃぐちゃになる。
理解が追いつかない。
「キョウ?」
手が伸びてきて、頬に触れようとする。
その指先が、ほんの一瞬だけ白く揺らぐ。
見えた。
確実に。
キョウは、後ずさる。
タツキの目が、わずかに揺れる。
傷ついたみたいに。
「……なんで逃げるんだよ、、、俺が、怖い?」
小さく。
本当に小さく。
言う。
その声音に、罪悪感が刺さる。
でも。
足が動く。
本能だった。
「……ごめん」
それだけ言って。
走る。
振り向かない。
タツキが追ってくるかもしれない。
でも確認しない。
住宅街を抜ける。息は切れ涙が出る。
混乱。
恐怖。
罪悪感。
全部ぐちゃぐちゃだ。
家のドアを開け鍵を閉める。
背中を扉に預ける。
呼吸が荒い。
守った。
確実に。
でも。
人間じゃない。
腕は折れた。
でも、治った。
あんなふうに。
「……なんなんだよ」
膝が震える。
頭の奥で、夢の声がかすれる。
「境目?」
「助けろ?」
でも。
助ける?誰を?どっちを?
窓の外、夜が落ちる。
カーテンが揺れる、風はない。
それでも影が、そこに立っている気がする。
怒っているのか、悲しんでいるのか。
わからない。
ただ確実に離れられない。
