ずっと、いっしょ。



 田んぼを、じっと見ちゃいけない。
 誰かの声が、耳の奥で擦れた。
 白いものが揺れている。
 風は、吹いていない。
 それだけが、揺れている。

 ――三人だったろ?

 そこで、目が覚めた。
 天井がやけに近い。
 息が浅い。喉が乾いている。
 汗が首筋を伝い、枕にじわりと染み込んでいる。
 しばらく、体が動かなかった。
 夢だ。そう思うのに、胸の奥だけが現実みたいに重い。
 白い何か。怒鳴る声。
 振り返りかけた影。
 そこまでは思い出せる。
 けれど、その先が霧みたいに崩れていく。
 掴もうとすると、指のあいだから溶ける。

 「……三人」

 その言葉だけが、妙にくっきりしている。

 三人....
 俺と、タツキと。
 あと――

 喉の奥が、ひり、と痛む。
 名前が出てこない。
 最初から二人だったはずだ。
 幼稚園も、小学校も、中学も。
 写真の中も、卒業アルバムも、いつだって隣はタツキだった。
 なのに。
 三人だった気がする。
 胸のどこかに、座りの悪い空席があるみたいに。
 スマホのアラームが鳴る。
 現実が、乱暴に押し寄せる。
 時計を見る
 やばい。

 「最悪……」

 飛び起きて制服を引っ掴む。
 洗面台の鏡に映る自分の顔が、少し青い。
 水をかける。
 目を閉じると、また白いものが揺れる。

 思い出そうとするたび、胸がざわつく。
 懐かしいのに、触れてはいけないものみたいだ。
 家を飛び出す。
 門の前に、人影。

 「遅い」

 見慣れた声。
 タツキが自転車にもたれている。
 朝日を背負って、当たり前みたいにそこにいる。

 「起きてると思ってたのに」
 「寝坊」
 「だろうな」

 呆れたように笑う。
 その顔は、いつも通りだ。
 それだけで、胸のざわつきが少し引く。
 ――引くはずなのに。
 歩き出す。
 並んで歩く距離が、自然すぎる。
 肩が触れそうで触れない。
 昔から、こうだった。

 「なあ」

 自分でも迷いながら、口を開く。

 「俺らってさ」

 「うん?」

 横顔が近い。

 「三人じゃなかったっけ」

 言った瞬間、空気がほんのわずかに止まる。
 本当に、ほんの一瞬。
 タツキの足が、わずかに緩む。

 「……は?」

 すぐに、吹き出す。
 肩を軽く叩かれる。

 「ぷっ何言ってんだよ」

 笑っている。
 いつもの調子。

 「寝ぼけてんのか?」

 「いや、なんかさ」

 うまく説明できない。
 タツキは俺を覗き込む。
 近い。
 逃げ場をふさぐみたいに。

 「俺とお前だろ。ずっと」

 その言い方が、妙に強い。
 訂正を許さない響き。
 ずっと。

 「そう、だよな」

 自分で言いながら、胸がひりつく。
 夢だ。ただの夢。
 なのに。

 「てか三人目って誰だよ」

 からかう声。

 「架空の友達か?」

 「うるさい」

 言い返す
 タツキは楽しそうに笑う。
 間違いなく、知っている笑顔。
 でも。
 ほんの一瞬。
 その背後に、影が重なった気がした。
 もう一人、立っているみたいに。
 瞬きをすると、消える。

 「変な夢でも見たんだろ」

 前を向いたまま言う。

 「忘れろよ」

 その言葉に、胸がざわつく。
 忘れろ。
 それ、夢の中でも聞いた。
 田んぼで。
 怒鳴る声で。

 ――見るな。忘れろ。

 道は田んぼの脇に差しかかる。
 朝の光が稲を照らしている。
 静かだ。
 風はない。
 なのに。
 俺は無意識に視線を逸らす。
 理由はわからない。
 ただ、見てはいけない気がする。
 見たら、、、、、
 思い出してしまう気がした。

 「キョウ?」

 「なんでもない」

 歩幅を速める。
 三人。
 誰だった。
 思い出せない。
 でも忘れてはいけない気もする。
 隣を歩くタツキの影が、朝日に長く伸びる。
 俺の影と重なって。
 その奥に、細い歪みが混じる。
 ほんの一瞬だけ。
 三つに見えた。

 風は、吹いていない。