その日は、珍しくタイミングが合わなかった。
「今日は部活の手伝い頼まれた」
タツキが言う。
「先帰ってていいよ」
ほんの少しの違和感。
でも、深く考えない。
「わかった」
そう答えた自分に、少し驚く。
いつもなら待つ。
今日は、待たない。
校門を出る。
一人。
夕方の空気はぬるい。
耳鳴りみたいに、ひぐらしが鳴いている。
いつもの道を避ける。
無意識だった。
気づいたときには、田んぼの横道に入っていた。
通らない道。
避けていた道。
足が止まる。
静かだ。
風はない。
稲は、動いていない。
それなのに。
奥の一角だけが、揺れている。
ざわり。
白い。
細い。
縦に、長く。
人の形。
はっきりと。
前より近い。
輪郭が、明確だ。
顔の位置がある。
目の位置がある。
見ている。
こっちを。
息が止まる。
祖母の声。
――後ろ、見るな。
宮野の声。
――離れたほうがいい。
階段の影。
寝顔の瞳。
全部、繋がる。
あれは。
あれは―
理解が、落ちる。
冷たく。
重く。
あの白いものは。
田んぼで消えた。
三人目。????
喉がひりつく。
目の奥が熱い。
白い影が、一歩近づく。
地面に触れていない。
滑るように。
キョウの影が、揺れる。
足元を見る。
自分の影のすぐ隣に。
もうひとつ、細い影。
重なっている。
逃げなきゃ。
頭が叫ぶ。
でも。
体が動かない。
白いものが、口の形を作る。
音はない。
でも、聞こえる。
――ずっと一緒。
背中が凍る。
その瞬間。
キョウは走った。
振り向かない。
田んぼの横を全力で駆ける。
息が切れる。
視界がぶれる。
背後で、ざわざわと稲が揺れる。
風はない。
なのに。
追ってくる。
足音はない。
でも、近い。
近い。
「やめろ」
誰に言ったかわからない。
家が見える。
飛び込む。
玄関のドアを閉める。
鍵をかける。
背中を預ける。
呼吸が荒い。
静かだ。
何もいない。
白いものは、いない。
……はずだ。
視線を上げる。
玄関の鏡。
そこに映る、自分。
そして。
肩のすぐ後ろ。
ほんのわずか。
白い、揺れ。
キョウは目を閉じる。
強く。
強く。
理解している。
全部、繋がっている。
タツキの中に、いる。
あれは、消えていない。
でも。
――消さない。
思ってしまう。
はっきりと。
怖い。
怖いのに。
消したら。
タツキも、消えるかもしれない。
選ぶ。
気づいているのに。
選ぶ。
「……俺は」
声が震える。
「離れない」
玄関の空気が、少しだけ温度を失う。
白い揺れが、薄くなる。
消えない。
でも。
退く。
キョウは、ゆっくり目を開ける。
鏡には、自分だけ。
影も、ひとつ。
静かだ。
風は、吹いていない。
選んだ。
これが、間違った判断だと気づかないまま
「今日は部活の手伝い頼まれた」
タツキが言う。
「先帰ってていいよ」
ほんの少しの違和感。
でも、深く考えない。
「わかった」
そう答えた自分に、少し驚く。
いつもなら待つ。
今日は、待たない。
校門を出る。
一人。
夕方の空気はぬるい。
耳鳴りみたいに、ひぐらしが鳴いている。
いつもの道を避ける。
無意識だった。
気づいたときには、田んぼの横道に入っていた。
通らない道。
避けていた道。
足が止まる。
静かだ。
風はない。
稲は、動いていない。
それなのに。
奥の一角だけが、揺れている。
ざわり。
白い。
細い。
縦に、長く。
人の形。
はっきりと。
前より近い。
輪郭が、明確だ。
顔の位置がある。
目の位置がある。
見ている。
こっちを。
息が止まる。
祖母の声。
――後ろ、見るな。
宮野の声。
――離れたほうがいい。
階段の影。
寝顔の瞳。
全部、繋がる。
あれは。
あれは―
理解が、落ちる。
冷たく。
重く。
あの白いものは。
田んぼで消えた。
三人目。????
喉がひりつく。
目の奥が熱い。
白い影が、一歩近づく。
地面に触れていない。
滑るように。
キョウの影が、揺れる。
足元を見る。
自分の影のすぐ隣に。
もうひとつ、細い影。
重なっている。
逃げなきゃ。
頭が叫ぶ。
でも。
体が動かない。
白いものが、口の形を作る。
音はない。
でも、聞こえる。
――ずっと一緒。
背中が凍る。
その瞬間。
キョウは走った。
振り向かない。
田んぼの横を全力で駆ける。
息が切れる。
視界がぶれる。
背後で、ざわざわと稲が揺れる。
風はない。
なのに。
追ってくる。
足音はない。
でも、近い。
近い。
「やめろ」
誰に言ったかわからない。
家が見える。
飛び込む。
玄関のドアを閉める。
鍵をかける。
背中を預ける。
呼吸が荒い。
静かだ。
何もいない。
白いものは、いない。
……はずだ。
視線を上げる。
玄関の鏡。
そこに映る、自分。
そして。
肩のすぐ後ろ。
ほんのわずか。
白い、揺れ。
キョウは目を閉じる。
強く。
強く。
理解している。
全部、繋がっている。
タツキの中に、いる。
あれは、消えていない。
でも。
――消さない。
思ってしまう。
はっきりと。
怖い。
怖いのに。
消したら。
タツキも、消えるかもしれない。
選ぶ。
気づいているのに。
選ぶ。
「……俺は」
声が震える。
「離れない」
玄関の空気が、少しだけ温度を失う。
白い揺れが、薄くなる。
消えない。
でも。
退く。
キョウは、ゆっくり目を開ける。
鏡には、自分だけ。
影も、ひとつ。
静かだ。
風は、吹いていない。
選んだ。
これが、間違った判断だと気づかないまま
