ずっと、いっしょ。

病室は、静かすぎた
白いカーテンがわずかに揺れている。
窓は閉まっている。
機械の音が、一定の間隔で鳴っている。
ピッ、……ピッ
規則正しいはずなのに、
なぜか一拍だけ遅れる瞬間がある。
祖母は、目を閉じていた。
三日前に倒れてから、意識は戻っていない。
医者は「年齢もありますから」と言った。
タツキは「大丈夫だよ」と言った。
キョウは、どちらも信じていない。

「……ばあちゃん」

呼ぶと、指が動いた。
ほんのわずか。
気のせいかと思った。
けれど。
まぶたが震える。
ゆっくりと、開いた。
濁った瞳が、焦点を探す。
そして――
キョウを見た。
はっきりと。

「……来たか」

声は掠れている。
でも意識はある。
キョウは喉が詰まる。

「うん。来た」

祖母の視線が、キョウの顔から、
ゆっくりと、上へ動く。
額。
髪。
その、少し後ろ。
ぴたり、と止まる。
祖母の瞳が、強く見開かれた。
呼吸が荒くなる。

「……後ろ」
「え?」
「後ろ、見るな」

キョウの背中に、冷たい汗が伝う。

「何が」

祖母の指が、震えながら持ち上がる。
キョウの肩越しを指す。

「立ってる」

喉が鳴る。

「……誰が」

祖母の唇が、形を作る。
声にならない。
その瞬間。
ドアが開く。

「キョウ?」

タツキが入ってくる。
祖母の瞳が、タツキを見る。
その表情が、変わる。
恐怖。
はっきりと。

「違う」

祖母が、かすれた声で言う。

「それは」

心電図が乱れる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピ――――

「ばあちゃん!」

タツキがすぐ横に来る。
手際よくナースコールを押す。
落ち着いた声。

「先生呼んでください」


祖母は、キョウの腕を掴む。
驚くほど強い。

「振り返るな」

最後の声。
はっきりしていた。
そして。
手が、落ちる。
音が変わる。
一定の、長い音。
キョウの耳鳴りがそれを覆う。
医師と看護師が駆け込む。
視界が遠くなる。
誰かがキョウの肩を支える。
タツキだ。

「大丈夫」

優しい声。
耳元で囁く。

「俺がいる」

その瞬間。
キョウは気づく。
祖母が最後まで、
一度もキョウの“目”を見なかったことに。
ずっと。
その少し後ろを、見ていた。
――振り返るな。
背中が、ひどく重い。
でも。
キョウは振り返らなかった。タツキの手は、あたたかい。
そのはずなのにどこか、水の底みたいに冷たかった。
病室のカーテンは揺れるのに窓は閉まっている。
風は、吹いていない。